常務の秘密が知りたくて…
「それよりもいい加減、敬語はやめろ。あと役職呼びも」
唇が離れて眉間にしわを寄せて詰め寄られる。怒っているようで、それでも声はどこか優しい。そして常務の言うことはもっともだと思うのだが、いざ呼ぼうとするとなんだか恥ずかしい。
「え、いや。でも常務だって私のこと名前どころか苗字で呼んでくれたこともないじゃないですか」
「絵里」
間髪を挟まずにいきなり名前を呼ばれて私の心臓は跳ねた。常務の顔は真剣そのものだったから余計にだ。固まっている私をよそに常務は撫でていた私の髪を耳にかけると露になったそこに唇を寄せて再度、甘く囁いてくれた。意識せずとも身体が痺れる。
「足りないか?」
訊いてきた口調はいつも通りからかい混じりのものだった。私は反射的に手で耳を押さえて距離をとろうとする。
「いい、もういい。十分です!」
顔が赤くなるのは、もうしょうがない。手で常務の胸を押しのけようとしたが上手くいかずに、逆に腰に腕を回されて逃がしてもらえなくなる。
「ほら、次はお前の番だろ」
「……っ」
しばらく躊躇した後、観念した私は擦れた声で名前を呼んだ。初めて口にしたはずの彼の名前は、驚くほど違和感なくしっくりと響く。まるで前に名前で呼び合っていたことがあるような。
「そういえば、常務の、あ、いえ櫂の漢字っ珍しいですよね」
照れ隠しもあったが、前から気になっていたことをここぞとばかりに口にする。最初は櫂で「かい」とは読めなかった。
「ああ。船を漕ぐ道具の意味で、自分の意志で人生を進んでいけるようにって両親がつけたらしい」
私の髪に触れながら面倒くさそうに説明してくれる。
「素敵ですね」
「どちらかといえば、漕ぐよりも流れに身を任せて生きてきたけどな」
その言葉に吹き出してしまい、私は櫂の胸に顔を埋めて小さく笑った。申し訳ないが的を射すぎている。
「私、運命とか信じてませんけど、その流れの中でこうして出会えたなら感謝しなくちゃいけませんね」
「そうかもしれない。でも、そこまでだ」
言っている意味が分からずに、そっと顔を離して櫂の顔を見る。視線が交わったその顔は真っ直ぐに私を見据えていた。
唇が離れて眉間にしわを寄せて詰め寄られる。怒っているようで、それでも声はどこか優しい。そして常務の言うことはもっともだと思うのだが、いざ呼ぼうとするとなんだか恥ずかしい。
「え、いや。でも常務だって私のこと名前どころか苗字で呼んでくれたこともないじゃないですか」
「絵里」
間髪を挟まずにいきなり名前を呼ばれて私の心臓は跳ねた。常務の顔は真剣そのものだったから余計にだ。固まっている私をよそに常務は撫でていた私の髪を耳にかけると露になったそこに唇を寄せて再度、甘く囁いてくれた。意識せずとも身体が痺れる。
「足りないか?」
訊いてきた口調はいつも通りからかい混じりのものだった。私は反射的に手で耳を押さえて距離をとろうとする。
「いい、もういい。十分です!」
顔が赤くなるのは、もうしょうがない。手で常務の胸を押しのけようとしたが上手くいかずに、逆に腰に腕を回されて逃がしてもらえなくなる。
「ほら、次はお前の番だろ」
「……っ」
しばらく躊躇した後、観念した私は擦れた声で名前を呼んだ。初めて口にしたはずの彼の名前は、驚くほど違和感なくしっくりと響く。まるで前に名前で呼び合っていたことがあるような。
「そういえば、常務の、あ、いえ櫂の漢字っ珍しいですよね」
照れ隠しもあったが、前から気になっていたことをここぞとばかりに口にする。最初は櫂で「かい」とは読めなかった。
「ああ。船を漕ぐ道具の意味で、自分の意志で人生を進んでいけるようにって両親がつけたらしい」
私の髪に触れながら面倒くさそうに説明してくれる。
「素敵ですね」
「どちらかといえば、漕ぐよりも流れに身を任せて生きてきたけどな」
その言葉に吹き出してしまい、私は櫂の胸に顔を埋めて小さく笑った。申し訳ないが的を射すぎている。
「私、運命とか信じてませんけど、その流れの中でこうして出会えたなら感謝しなくちゃいけませんね」
「そうかもしれない。でも、そこまでだ」
言っている意味が分からずに、そっと顔を離して櫂の顔を見る。視線が交わったその顔は真っ直ぐに私を見据えていた。