リーダー・ウォーク

松宮の部署を出て朝恭次に見せてもらった順番とは違うルートで会社を見学中。
突然何かを発見した松宮にちょっと待っててくれと言われて待機していたら、
彼は小走りで前を歩いていた社員に声をかけた。

「どうだった。先方さんは。あれで納得してたか?」
「ああっ部長!は、はい!なんとか!朝は取り乱してしまい本当に申し訳」
「あれは本当にいきなりだったからな。この借りは仕事で返してもらうぞ?
向こうがまた気を変えてこないうちにやるべきことをやっておこうか」
「はい!…で、あちらの方は?新人ですか?だったらこっちで引き受けますよ」
「彼女のことは気にしないでいい。じゃあ、頼んだ」

まだ入社してそんな経っていなさそうな若い社員さんは深く頭を下げて去っていく。
稟は少し離れた所で2人の様子をちら見しながら気にしないフリで窓からの景色を
眺めていた。じっくり聞いたら良くない気がして。ちゃっかり聞いていたけど。

「帰りにマッサージ行こ…」

あと、ヒールで社内を何周もしてるので足が痛い。

「悪い。行こう」

次に行く所が最後でありますように。
そうでなくてもなんでもいいから理由をつけて帰りたい。
疲れているのもあるけど、それ以上に私たちは目立つから。

「松宮企画部長の隣誰かしら」
「見たこと無い顔だし、新人よね?」
「でもそんな話し聞いてないし」
「秘書?派遣?でもなんで部長と一緒?」
「そういえば朝も専務と一緒じゃなかった?」

ヒソヒソと聞こえてくる皆さんの当然の疑問。
ただの好奇心で見学してるんですなんて言ったら怒られるだろうな。
いつも誘われるばかりで何も知らない彼の事がしりたくて、それで。
いくら誰にも断られなかったからってそれで会社まで押しかけたのは

やっぱり非常識だっただろうか。

「ここが新作の保管室。撮影は隣の部屋でしてる。今は休憩中みたいだけど」
「わあ。カバンに靴に服…一式揃ってる」

松宮がカードでロックを解除しドアを開けた先にはキラキラと輝く展示室。
今まで手がけたものからこれから公開される新作まで。
社内なのにここだけはまるで海外の高級なブランドのブティックみたい。

なるほど、あの美人さんたちはこういうのを着て写真を撮るモデルさんなのか。

「よかった。やっぱ女はこういうの好きだよな」
「そうですね。見る分には楽しい」
「今は人間用のブランドしか扱ってないけど、何れは犬猫グッズも扱いたい」
「いいですね」
「あ。なあ、このカバン。ずっとあんたに似合うと思ってたんだ」
「そうですか?ちょっと大人っぽいような」
「絶対に似合うって。今日は迷惑かけたしさ。その。…やるよ」
「気持ちだけでいいです、私これに見合う服を持ってないから要らな」
「気にするな俺とデートする時は必ずコレを持って来い。いいな。毎回だ」
「ですよね」
「あんたの悲惨な持ち物を俺が綺麗に塗り替えてやるから」
「悲惨……」

貧相な体でボロいシャツにズボンにこんなゴージャスなカバン貰っても。
何度かそれとなく返そうとしたけれどもう絶対何も聞き入れてくれそうにない。
ので、けっきょくしっかりした紙袋に入れてもらって受け取った。

「あ。でも使うのは明後日まで待ってくれ。発売前だから」
「じゃあ別に今じゃなくても」
「特別な感じがいいんだろ。いいから部屋に置いとけよ?」
「はい」

彼の会社に来て分かったこと。

社内でも御曹司なワガママっぷりを発揮しているのかと思ったら意外に
話のできる優しい上司だった。じゃあ、なんで私だけこんな横暴なんだろう。
確かに優しいんだけど。彼女?的な特別扱いなんだけど。

特別ってなんだっけ。
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