リーダー・ウォーク
母との楽しい時間にいつまでも浸っている場合ではない。

「これが制服。トリマーさんはこっちのエプロンもつけてね」
「はい」
「さっそく朝から予約が入ってるんだ、お願いします」
「はい」

新しいお店で新しいお客様とワンコとのスタート。
始まったからには自分の腕前をあげるためにひたすらに進むしかない。
折れそうになる度に何のためにここまでやってきたのかと自分に言い聞かせてきた。
それに少し前までは稟1人だったけど、今は1人と1匹が側に居るので。
気晴らしをしたいと言えば美味しいものを食べに連れて行ってくれたり、
いい雰囲気の店に飲みに連れて行ってくれたり、チワ丸のドッグランも行く。


「ここに異動したと聞いて来たんですが、今少し良いですか」
「は。はい。恭次さんどうしました?あれ!手怪我してません?」
「これは気にしないでください」

1匹目のトリミングを終えてトリミング室の掃除をしていたら来客。
犬のお迎えかと思ったら珍しいことに恭次が来店。
どうも長兄には話をしても次兄には何も話してなかったらしい。

「消毒薬ありますから」
「今彼女に一番必要なものを教えて頂きたい」
「え?彼女。彼女……あ!」

よく見たら恭次の手に生まれたてと思われる子猫。

「カラスに襲われていたので咄嗟に手に取ったものの」
「ま、ま、まずは体を温めて!ミルク!そして病院!」
「どうやって温めれば」
「ヒーターありますからミルクも」
「すぐに用意してもらえますか。もちろん、購入しますので」
「はいっ」

バタバタと店内を走り回り小さいヒーターとタオル、ミルクセット。
温めてご飯を飲ませてあげて近くにある獣医へ案内。
何時も冷静にふるまっているせいか表情こそ変わらないが恭次が
子猫を心配していることはすぐにわかる。

それから1時間ほどして。

「特に病気や外傷もないそうです。温めてご飯をあげてほしいと」
「良かった」
「他にも兄弟はいたようなのですが、残っていたのは彼女だけでした」
「そうでしたか。…子猫ちゃん、どうなさいます?」

戻ってきた恭次は安堵した様子で、子猫もタオルに包まれ眠っている。
だけど問題なのはこれから。この保護した子猫を彼がどうするか。
もし困っているようなら稟が引き取るつもりではいるけれど。

「もちにしようかと」
「もち?」

真面目な顔で彼は言った。

「はい。白くて丸く柔らかい、もちです」
「……あ。飼われるんですね」
「その前に警察に届けるべきですか?」
「いえいえ。もちちゃんに必要なのは暖かい寝床と美味しいご飯です」
「そうとなると一式必要になるのか…」
「おトイレにキャットタワーにご飯にお皿、お水入れも」
「仕事に戻らなければならないのでそれらを一纏めにして選んでもらってもいいですか。
貴方がみて機能的なものであれば何でも結構。夜に取りに行きますから」
「今日はご自宅に伺う予定があるので持って行きます」
「崇央に運ばせるんですか?」
「はい」
「……、やめておきます。あいつにとやかく言われるのはごめんだ」
「チワ丸ちゃんもまだ子どもだったけど、もちちゃんは赤ちゃんなんですよ。
恭次さんもお忙しいでしょうし、助けはあったほうが絶対に良いんです」
「……」
「崇央さんだってチワ丸ちゃんと暮らしていっぱい困ったことがあったんです。
私がその都度答えてましたけど、あの人なりにも調べていただろうし。
最近では少しずつですけど、他の人にも頼るようになってきますから」
「……、わかりました。よろしくお願いします」
「もちちゃん。……もっちゃん。気持ちよさそうに寝てますね」
「本当に。彼女も預けていいですか」
「はい。ご飯もあげますから、安心してくださいね」

稟の言葉に少しだけ微笑み、恭次は会社へ戻る。
彼も本当は動物が好きで特に猫が気に入ってたのは知っている。
だからこうして猫と一緒に暮らすようになるのは運命かも。

稟は温かい場所に猫をうつし頼まれた商品をあれこれ選んだ。

「はあ。これ全部?吉野さんに一任するって凄い信頼されてるんだなぁ」
「ちょっとした知り合いなので」

彼氏のお兄さん、とかいうとちょっと恥ずかしいのでごまかした。
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