リーダー・ウォーク

夕飯を終えて、片付けもしてしまったら後は何をするわけでもなく。
何時もならトリミング雑誌を眺めたりして時間を潰すけれど。
チワ丸と遊んでいる松宮は帰る気配が一切ない。

日に日にこの部屋に居座る時間が長くなっている気がするのは

稟の気のせいだろうか?

「さーて風呂入ってビール飲むか―あんたも飲むだろ?」
「もしかして帰る気がない?」
「チワ丸聞いたか?俺たちを追い出す気だぞあいつ」
「チワ丸ちゃんは別にいいですけど…」
「俺とチワ丸は同じだと思え」
「……」

つまり、俺は帰らん。と言いたいわけですね?

毎日押しかけてくるわけじゃない、チワ丸を預かるのだって月に3,4回ほど。
でも、だからってその度に泊まられても困ります。

「なあ、稟。この部屋には文明的なものが足りないから今度買いに」
「あ。すいません。電話だ」
「……ンだよ」

どうやって追いだそうか思案していると稟のカバンから微かに着信音が漏れた。
会話を邪魔されて不満そうな松宮を他所に急いで携帯を手に取る。
あとは何だか聞き耳をたてられていそうなのでそれとなく彼から離れた。

「…え?」
『ははは。やっぱり驚いたね』
「あ、あの。…私の番号」
『うん。頑張って井上君から聞き出したんだ。驚かせて申し訳ない』
「い、いえ」

慌ててとったから知らない番号だとは気づかなかったけれど。
このやや艶のある落ち着いた声には覚えがある。一度しか会ってない。
けれどそう簡単には忘れることは出来ない相手。

『今、そこに崇央が居るんだろうね』
「はい」

上総だった。

『ああ、やっぱり。ごめんね。さぞかし迷惑をかけていることだろう。
彼は人に甘えることにあまり慣れていないんだ。加減も知らない』
「……」
『もしそれで不愉快な思いをしているのなら、思い切り彼を叱責してやってほしい。
それで気づくだろう、自分が貴方に迷惑をかけているだけだと』

確かにそう、なんだけど。

だけど。

「何時もいきなりだから驚きはしますけど。迷惑じゃないですから。チワ丸ちゃんもいるし」

さっきまで早く追い出したいと思ったのに。そう言われるとできなくなる。
思えば別に松宮と一緒に居て不愉快だとか、我儘なのが嫌いとか、
勝手なのが迷惑だとか、そんな深くは思ったことないかもしれない。

『ありがとう。…ああ、それでね。本題なのだけど』
「なんでしょう?」
『うん。稟ちゃん、よかったら私とデートでもしないかい?』
「でっ!?…でー…と?」

何ですかその脈略のない会話。

びっくりして変な声が出た。
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