リーダー・ウォーク

「昔は結構色んな服買ってたんだけどなあ…捨てるんじゃなかったな」

仕事終わりに適当にぶらついて服を物色。
特にこだわりのお店があるわけでもなく、好きなテイストもなく。
はやりの格好でもしておけば大丈夫だろうか?それくらいの感覚で。
OL時代は買い物くらいしかなくて友達と遠出して買い込んだものだ。

「あら。…貴方って」
「え?」

到底手がとどかない高級なセレクトショップの前でマネキンをぼんやり眺めて
いたら声をかけられた。振り返るとまるでマネキンが人間になったかのような
スタイル抜群の美女。でもこんな知り合い居たっけ?全然思い出せないのだが、

相手は稟を知っている様子。

もしやトリミングのお客様?だったら知らない顔とかしたら不味いよね?

「やっぱりそうだ。貴方って、あれでしょ?崇央の犬の世話係」
「……あ」

そっちの人ね。

それに思い出した、この人はだいぶ前にあの人と一緒に居た美女。
髪型含めメイクも服も雰囲気ががらりと変わっていたから気づかなかった。
もしかしたらこの人は女優とかモデルさんなのかもしれない。

「彼ったら会えばすぐ犬のことばっかり。そういうのも普段とのギャップで可愛いけど」
「……はあ」
「部屋で2人きりになりたいのにあの犬が寄ってくるし。ちゃんと躾もしておいてね?」
「……」
「よろしく。それじゃね、世話係さん」

そう言って彼女は去っていく。稟は軽く会釈だけして明確な返事はしなかった。
それでも何処か満足そうに見えた気がする。友達でも知り合いでもないのに、
わざわざ近づいてきてそんな事を稟にいう必要はあったのだろうか?

その場で暫し考えて、結論が出た。あれは自分への威嚇だったのだと。

「そんな事言われたって……別になんでもないですから。別に」

松宮と頻繁に会って、部屋で2人きりになって

仲良く、ヨロシクしていたら良いじゃない。

どうせこっちは犬の世話係なのだから。

私と彼はただそれだけの、関係……なの?


『仕事は終わったんだろ』
「何ですか?急に」
『え。な、なんだよ。機嫌悪くないか?』
「悪く無いですけど」

不満な気持ちを抱えながら服を購入し家に帰る途中。携帯が震えた。
松宮からだったのが、なんだか無性にイラっとしてしまう。

『明後日家に来るって聞いたからさ』
「そうですけど。別に貴方に会いに行くわけじゃないですから」
『やっぱり機嫌悪いな』
「お仕事が終わったらこんなものです」
『……もしかして、今、デート中。だったとか?隣に誰か居るとか』
「だ。…だったらどうだっていうんですか」

居ないけど。ただの強がりだけど。

しいて言うなら刺し身盛り上合わせに半額シールを張っている
スーパーのパートのオバチャンが居るけど。
電話をしつつもすかさず半額になった刺し身をカゴに入れる稟。

『……行くわ』
「え?」
『行くわ』
「……あ!ああ、お仕事中だったんですね?お疲れ様で」
『あんたの居る所』

あ、だめなやつだこれっ。
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