天に見えるは、月
「……お前は俺の母親か?」
「す、すみません! 差し出がましいことを……!」
慌てふためいて顏を上げると、モンドは驚いたことにふっ、と小さく笑みを漏らした。
「助言として、聞いておいてやる」
今日は意外なことばかり起きているな、と香凛は思った。
モンドが小さくでも声を出して笑うなんて。それに自分の話を一蹴することなく聞いてくれたなんて……。
でもそれも一瞬の話だったようだ。モンドはもういつもの氷の眼差しに戻っている。
「では、こちらからも助言だ。今日のところはいいが、もう社員の飲み物を準備するのはやめろ」
「でも……」
「なにか飲みたければ各々で勝手に飲む。ここはそのためのスペースだ。総務ではそうしてきたんだろうが、営業一課ではそんな気遣いはいらない。まったく無駄なことだ」
無駄が嫌いなモンドらしい言葉だ。
……いや。モンドが、というよりここでのルールがそもそもそうなのだろう。コーヒーを出すぐらいいいじゃないか、と内心思ったが、ここは逆らわないのが得策だ。香凛は「はい」と小さな声で答える。
「まあ、自分はお茶くみ要員としてここに配属されたっていうなら、それでもいいがな」
モンドは最後のひと口を口に放り込んで空の紙コップを捨てると、香凛とは目を合わせずにその場を立ち去った。
ふと、この間の弓削の言葉が頭に浮かぶ。
『モンドが香凛ちゃんの仕事ぶりを認めたってことなんじゃないかな』
言葉は皮肉めいてはいたけれど……もしかして本当にそうなのだろうか。だとしたら――。
「……やっぱり、そんなわけない」
香凛は大きく息をついてから、人数分のコーヒーをトレーに乗せた。