天に見えるは、月


俯いていると、モンドは車を降りて運転席側に回ってきた。「降りろ」と声が聞こえた気がして、香凛も車のドアを開ける。

「俺が運転する。まだ死ぬわけにはいかないからな」

呆れられてしまっただろうか。なんとも情けなく申し訳ないことではあるけど、ここは素直にモンドに変わってもらう。

さっきまで運転のことで頭がいっぱいで意識が向かなかったが、助手席に座った安堵感か、香凛は少し冷静さを取り戻した。

取り戻して、気づく。自分は今、モンドの運転する車の助手席に座っている。モンドとふたりきりという状況にすら慣れていないのに、この至近距離。緊張しないわけがない。

どうにか意識を逸らそうと、香凛は話題を探した。


「中村課長に運転させてしまって、すみません……」

まずは謝るのが先だろうと、香凛はモンドに詫びた。

「まさか、俺が運転することになるとは思わなかったがな」

「すみません……」

「暇がある時にでも運転の練習をしておけ」

そう言われても、家に車がないのだから練習のしようもない。レンタカーは万が一ぶつけたりしたら面倒だ。

「家に車がないので……」

「だったら、この社用車で練習しろ」

「会社規定で、仕事の時以外は借りられませんし……」

できない言い訳をしているようで嫌な気分になる。でも本当のことだから仕方がない。

「……わかった。いつか外回りで時間がある時にでも付き合ってやる」

「えっ……」

聞き間違いかと、香凛は恐る恐るモンドを見た。彼は表情を変えず、当たり前だけれど真正面を見据えている。

「中村課長が……ですか?」

「いつまでも橘のお抱え運転手じゃ嫌だからな」


< 38 / 63 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop