初恋ブレッド
まけないパン
「うわぁ、土砂降り……」


今日は夜まで降水確率100パーセント。
桃色の傘を広げ、パンを抱きかかえて出勤。

電車の中はジメジメしていて気持ち悪いし、会社に着く頃にはパンプスで弾いた飛沫が冷たいしで、朝からウンザリだった。
オフィスの窓に迫るような分厚い雲に、どんよりして落ち込みそうになる。
そのたびに宮内部長を思い浮かべて、笑顔で過ごそうと上を向いた。

ほら。
今日も部長はピンクのリップを可愛いって言ってくれて、嬉しそうにパンを受け取ってくれる。



しかし、白坂先輩には無視されてしまっていて。
……どうしたものか。
つい反論してしまった私も悪いのだから、朝一で謝ったのだけれど。
あれ、そういえば。
なぜタンコブのことを知っていたのだろう。

「田代さん、昨日頼んでおいた書類は?」
「しっ、白坂先輩。それならここに……、えっと?」
「まだ作ってないの?」
「いえ、そんなことは……」

昨日の午後には作り終わって置いておいたはずなのに。
いくらデスクの上を探しても見つからない。

「はぁっ、頼まれたことくらいまともにやってよ」
「……でも」
「言い訳はいいわよ。私の仕事ばかり増えるじゃない!」
「……すみません、すぐ作り直します」

私を怒る白坂先輩の声がオフィスに響く。
本当に完成していたはずなのに、どこいっちゃったんだろう。
白坂先輩から始まり総務部の先輩達に悪口を言われる横で、必死にキーボードを打った。

お昼休憩までになんとか仕上げ、提出すると今度はお使いを頼まれる。

「これ、急いで郵便局に出してきてくれる?」
「あっ、はい……。速達ですか?」
「普通郵便で」
「……え」
「ほら、早く行ってきて!」
「は、はい。いってきます」

あと5分でお昼なんですけどっ……!
もちろん逆らえませんが。

ザーザーと振る雨の中へ、私は財布と封筒を掴み飛び出すしかなかった。


傘なんて意味があるのかないのか。
びしょ濡れで会社へ戻り、バッグへ入れておいた大きめのタオルハンカチで滴を払う。
肌寒いけれど濡れたカーディガンはハンガーにかけ、髪は乾くまでヘアクリップで束ねておくことに。
やっとランチに入れると溜め息を漏らしながらロッカーを覗くと、妙なことにパンがない。

「あれ?」

ガサガサとロッカーやバッグを漁っても、やっぱりなくて。
湿気のこもった薄暗いロッカールームで立ち始めた鳥肌に、仕方なく長居は諦めた。

首を捻りながら廊下を歩いていると、食堂から出てきた総務部の先輩達とすれ違う。
いつもは外へランチに出るのだけれど、多分雨だから食堂で食べたのだろう。
すれ違いざまに「ゴミ箱探したら?」と、クスクス笑われて半信半疑……。

食堂の大きなゴミ箱に、インしてありました。

私のパンと、ついでに行方不明の書類も発見。



もしかしてこれ、いじめですか?
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