The price of life
 カインが森へ入って、どれほどの時間が経っただろう。陽はすっかり落ち切り、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。当のカインはというと、時間が経つのも忘れ、修行に熱中していた。
「もうこんなに暗くなっていたのか。マリアのやつ、今頃心配してるだろうな」
荷物をまとめ、カインは家路へと急いだ。暗い森の中を月明かりだけを頼りに歩いて行く。風で木々が揺れる音に混じって、何かの鳴き声のようなものが遠くの方から微かに聞こえる。こんな暗い森の中で魔物や獣に襲われたらさすがに無事では済まない。そう思ったカインは足早に森の出口へと向かった。修行で通い慣れた森だ、どんなに暗くても道はなんとなく憶えている。
しばらくして、ようやく森の出口が見えた。森を抜ければレセーナ村までは歩いて30分もかからない。マリアに早く会いたい、マリアの手料理を食べたい、という逸る気持ちを抑え、カインは注意深く周りに気を配りながら森を抜けた。
 森を抜け、何気なく村の方角を見ると、村の方だけ妙に明るくなっていることにカインは気づいた。黒い煙のようなものまで上がっているのが見える。
――まさか
胸騒ぎを覚えたカインは村へ向けて全力で走った。修行で疲れているはずの身体のどこにまだそんな体力が残っていたのか、自分でも不思議に思うくらい走りに走った。頭の中はただただマリアのことで一杯だった。今朝より軽くなった弁当箱を包む、花柄のピンクのハンカチをカインは強く握り締めた。
 息も切れ切れに、やっとの思いで村の前まで来たカインは呆然とした。レセーナ村が炎の海に呑まれていたのである。炎がカインをあざ笑うかのように高々と燃え上がる。カインは目の前の光景がとても現実のものだとは思えなかった。今朝までいつもと何ら変わりのない村の光景が、人々の生活がそこにあったのに、今、目の前でそれらが全て炎の海に呑まれている。カインは悪い夢を見ているような錯覚さえ覚えた。今朝のひまわりのように明るく笑うマリアの笑顔が脳裏に蘇る。
「マリア……マリアァァァー!!!」
我に返ったカインは炎の海に呑まれる村へ猛然と飛び込んだ。炎と、そこから伝わる熱気がカインの行く手を阻む。それでも、カインは無我夢中で自宅へと急いだ。マリアの無事だけを願って――。
自宅の前まで来たカインは今まさに炎に包まれた自身の家へと飛び込もうとしていた。頭の中は依然としてマリアを助け出すことで一杯だった。
と、その時だった。不意に後頭部に強い衝撃と、痛みが電撃のように走る。と同時に、地面に強く叩きつけられるカイン。一瞬、何が起こったか分からないまま、カインの意識は徐々に薄れていった。薄れゆく意識の中で、カインはマリアの名前を必死に呼び続けた。その目は炎に包まれ、崩れゆく自身の家を、マリアとの思い出が詰まった家を最後まで捉えて離さなかった――。
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