女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~


 私は笑顔でさらさらとかわしては逃げていたが、彼の方があることないこと話すので、一度ムカついてバックヤードで捕まえて苦情を言ったら、夫婦喧嘩かー?とギャラリーが集まってきたこともあった。双方への応援つきで。

 何て職場だ。

「でも階が違うとほとんど会うことなくなるんですよね」

 私が言うと、田中さんは少し考えて頷いた。

「そうでしょうね。・・・でもまあ、鮮魚よりは会えるんじゃない?3階の社員さんは食堂でしかご飯食べないだろうし、変動シフトもなさそうよね」

 うん、そうか、成る程。さすがこの百貨店にオープン当時からいてる田中さん。元々好奇心も旺盛だし、システムをよく判っている。

 デパ地下にあるマーケットの鮮魚や青果売り場の従業員は、それぞれに固有で休憩室があったのだ。だから、彼と食堂で会うことは少なかった。

 そのかわり、振り返ればいつでも姿が見えたのに・・・と私は肩越しに鮮魚を見る。

 あそこにいた大きな男の人はもういないのか。よく通る声で客寄せをしているのを見るのが好きだったのにな。

 私につられて田中さんも振り返ってみていた。

「目立ったものねー。桑谷さんて。あの体格と、低いけれど通る声で。前には守口店長が居て目の保養だったし。どっちももう居ないのね。何か、売り場での楽しみがなくなっていくわ~」

 そのどっちとも私は寝たことがある。などとつい心の中で呟いてしまった。

 デパ地下では犯罪者の守口店長の話は禁句だ。だから田中さんは声を潜めて話していた。

 前を向けば美男子の守口斎、後ろを見れば荒っぽい魅力の桑谷彰人。ここって贅沢な売り場だったねーと二人で笑った。


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