イジワル同期とスイートライフ
「奥さんも一緒でしたっけ?」



メニューを渡しながら久住くんが尋ねた。

向井さん、既婚だったのか。



「いや、置いてく。仕事辞めたくないってさ」

「単身かあ、楽しいって話と孤独って話、両方聞きますけど」

「赴任地によって違うんじゃないか? 地方だと厳しいらしい」



あー、と久住くんが納得した。



「じゃあ今回は平気ですね、ハメ外してる気配あったら俺、奥さんにチクるんで」

「マジでやめろ」

「奥さまって、社内ですか?」



訊いた私に、向井さんが少し照れくさそうに笑う。



「元、ね。今は転職してる」

「向こうでお仕事探すとか、やっぱり難しいんですか」

「海外駐在員の配偶者は、現地では就職できないんだよ」



久住くんが説明してくれた。

えっ、そうなの、なんで?



「なにかの決まり?」

「少なくともうちの会社規定でNGだし、そもそも国が禁止してるとこがほとんどだ。自国の雇用を守るためだろうな」



知らなかった。



「いいなあ駐在、俺も早く出たい」

「そろそろじゃないか? 何年目だっけ、お前」

「5年目です」

「現場として行くなら一番いいときだな、来年あたり話あると思うよ。そろそろ帰ってくる奴がいるだろ、それと入れ替わりに」

「せっかくならアジア狙いたいですね」

「今、一番面白い市場だもんな」



久住くんが頬杖をついて、にやりと笑う。

楽しそうにやりとりする彼らを見て、私は久住くんが、初めてWDMの会議に同席したときのことを思い出していた。

あのときもこんなふうに、違う世界の人だと思ったんだった。

今はもう、そんなこともないって、知ってはいるけれど。


でも、どうしてだろう。

最近少しずつ、久住くんが遠くなっている気がする。


< 103 / 205 >

この作品をシェア

pagetop