イジワル同期とスイートライフ
席に近づくと、メールやwebの記事の出力が山ほど載っていた。



「もとから危ないっていう話はあったんだ、でも渡航禁止令が出なくて」

「渡航禁止令?」

「人事部が発令するんだよ。感染症が発生した地域なんかに行かせないために」

「今回は、そこまでではないと判断したんでしょうか」

「決めかねたんだと思う。けど現場としては、それがないのに、危なそうなんで行くのやめます、とは言いづらい。相手のいる仕事だからね。でも…」



自分の権限で渡航をやめさせなかった責任を感じているのかもしれない、永坂さんの声は硬い。

私は情報が飛び交う様子に気圧されながら、邪魔をしないようその場を去った。


足が震えた。

別に、二度と会えないかも、なんて悲劇的なことを思ったわけじゃない。

どうか無事で、と祈る気持ちはある。

それこそ胸がつぶれるくらい心配でもある。

でも私にできることはないってこともわかっている。


私を戦慄させたのは、もしかしたら私は、このことをまったく知らずに過ごしていたかもしれないという可能性だった。

久住くんが、遠いどこかで、不安や不便を感じながら今、この瞬間を過ごしている。

いくつかの偶然が重ならなければ、そんなこと想像すらせず、普段と同じに出社して仕事して帰って、寝ていたはずだった。


ぞっとする。


ダメだ。

やっぱり離れちゃダメだ。

実りがなさそうでも、拒絶されそうでも、話さないとダメなんだ。


今こうして私が心配していることすら、久住くんは知らないだろう。

私たちを繋ぐものは、なにもない。

本当の遠さって、そういうことだ。


私は自分で、彼の中の私のスペースを手放しかけている。

どうせ、って卑屈に閉じこもって、引きずり出してくれる手を待って。


もうやめだ、そんなの。


会いたいよ、久住くん。

会いたい。


会ったら言うの。

全力で言うの。


今度こそ、初めて、素直に──。


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