明日へ馳せる思い出のカケラ
 でもなんでだろうね。それなのに君と過ごした記憶だけは削除出来ずにいる。
 いや、それどころか君と付き合っていた頃の思い出は、まぶしく輝きを増すばかりなんだ。俺はそんな思い出に身を焼かれながら、苦しみ続けているんだよ。

 頬を伝うのは雨粒なのだろうか、それとも涙なのだろうか。
 俺はビルの壁にもたれ掛るようにして座り直した。

 街灯も差し込まない裏路地は俺を飲み込む程に暗く冷たい。まるで俺の心の闇が溢れ出たかの様な、そんな錯覚を覚えるほどにね。
 ただそんな中で俺はふと空を見上げた。

 別に何かを感じたからじゃない。ただ上を向きたかったんだ。
 もう下を向き続ける事に疲れてしまったから。最後くらいは上を向いて終わりにしたかったから。俺にはもう、そんな力しか残っていなかったから――。


 見上げた夜空は少しだけ明るかった。
 厚く空を覆っていた雲はもう、その姿をバラバラにして宙に散乱している。そしてその隙間から半分だけ顔を覗かせていた存在に、俺の意識は注がれたんだ。

 俺が見上げた夜空で目にしたもの。それは半分に欠けた状態で光る【月】の存在だった。
 そしてそれは半身ながらも暗がりの裏路地に淡い光を差し向けている。暗がりにうずくまるだけの俺に、か弱い光を浴びせていたんだよ。
 まるで俺の脆弱な心を照らし出すかの様にね。

 俺はふと思い出す。あの夜、秋の陸上競技会の打ち上げ帰りに、君と見上げた満月の事を。
 あの時見た月の光はこの上なく優しいものだった。肩を寄せ合って歩む俺と君を柔和な雰囲気で包んでくれていた。なにより君を一際綺麗に見せてくれたんだ。
 でも今夜そこで輝いている月は、その半分でしかない。

 月までもが今を物語っているというのか。
 月までもが俺を蔑むっていうのか。
 だってそうだよね。まさに輝いている部分は君を表していて、欠けているのが俺なんだからさ。

 まるで半身をえぐられたかの様な月を見ながら思う。俺はいつの間にそんな難しい道に迷ってしまったんだろうかって。
 決してそんなつもりは無かったはずなのに、俺は今をさまようばかりで未来に繋がる正しい道を見つけられない。
 ならば引き返えそうと試みるも、重く鈍る足は立ち止まるばかりなんだ。

 だったらいっその事、その誤った道から身を投げ捨てたい。何もかもをリセットするかの様に、人生を終了させてしまいたい。
 だってこの先に通じる道なんて俺には見えやしないんだし、それを探り出そうとする気持ちがそもそも皆無なんだからね。だから俺は自分自身を全否定する事しか考えられなかったんだよ。
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