明日へ馳せる思い出のカケラ
 少し混み合った通路を抜けて、君は俺を観覧スタンドに案内した。

 そこには数多くの観客の姿があったけど、その一角には大会に参加する各大学の応援団が構えていたんだ。もちろんその中には俺の大学の連中も含まれている。そして君は当然の様に、俺をそこへ連れて行こうとしていたんだ。

 近年はだいぶ力を付けて来たとはいえ、俺の大学の陸上部はお世辞にも強豪校とは言えない。だから応援団といっても、それほど気合の入ったものじゃなかったし、人もまばらだった。
 でもそこでは少し気が引けたんだよね。だってその場所は大会に参加する陸上部員の控えスペースも兼ねていたんだからさ。

 見知った顔の部員たちが俺達に視線を向ける。さすがに試合会場というだけあって、ナーバスになっている選手ばかりだ。
 表面上の感情は平静を装いながらも、血走った眼光は痛いほどに鋭く、そしてその奥では熱く気合が滾っているのが分かる。
 そんな殺気立った奴らの視線が一斉に浴びせられたんだ。背中に嫌な疼きを感じたのは言うまでもないよね。

 俺と君が付き合っている事は、今となっては周知の事実だ。でもいまだに皆からは快く思われていないんだよね。
 改めて痛感したモンさ。俺って嫌われ者なんだなって。

 それが俺に対する屈折したひがみなんだという事は理解してる。それでも直接味わうそのキツさはハンパ無いモンなんだよね。
 確かに決戦の場である試合会場に、君と仲睦まじく手を繋いで現れた俺の配慮の無さにも問題があったのは否めない事さ。
 けど対戦相手は俺じゃなくて他校の選手や己に課したタイムだろうに。感情の矛先を向ける相手が根本的に間違っているんだって、こいつらはマジで気付いていないのか――。

 率直にそう感じ取った俺は、敵意を剥き出しにして俺を睨みつける同輩達に対し不快感を募らせた。

 ただそんな俺の気持ちの変化に気が付いたんだろう。君は俺の上着の袖を摘んで、その場から離れようと歩き出したんだ。
 恐らく君にとってもあの場の雰囲気は受け入れ難かったに違いないからね。でもそれと同時に発せられた空砲の音を聞いた俺は足を止めた。いや、正確に言えば動くことが出来なかったんだ。

 その空砲は男子1500メートル走予選のスタートを告げるものだった。そしてスタンドの観客からは、どよめきに近い歓声が湧き上がったんだ。それも一人突出したスピードで駆ける漆黒の選手に向けられてね。
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