図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
はじめてのデート
 悪い男に捕まるのは悪いことだ。
 だって悪い男なんだから、ろくな目に遭わない。そうに決まってる。

 二十六年生きてきて、燃えるような恋をしたことがないからといって、ひとの唇を二回も奪っていく男にホイホイ着いていってはいけない。 
 たとえそのキスが、信じられないくらい気もちよかったとしても。

 待って今わたしなにを思った? 嘘よ嘘、そんなわけない。

 ふわ、と浮かんできた自分の呟きを首を横に振って消し去る。今必要なのは速く歩くこと。ヘンタイ教師の所業を反芻することじゃない。

 今度子どもに読んであげる予定の絵本を鞄に詰めると、いつもより雑な仕種で図書室の鍵をかける。焦るからうまく挿せない。

 いや待って、と自分に向かってもう一度呟く。そもそも焦る必要なんてないんじゃない? あんな言葉、本気にした方が馬鹿を見るのかも。手を離すと言って離さないどころかキスしてきた男だ。言葉なんて信用できない。
 
 からかわれただけかも。

 そう思いなおすと、強張っていた肩の力がふーっとぬけた。変に速くなっていた鼓動を鎮める。丁寧に鍵をカチャリと締めたところで、
「もう終わったのか?」
 うわっと声をあげて後ろを振り返った。

 小林がニヤニヤと笑ったまま、何度か頷く。
「そんなに楽しみなのか。ちょっと待ってろよ、これだけ置いてきたら着替えるから」
 小林は片手に持つ出席簿を軽く掲げてみせると、裏の駐車場にいて、と言い添えて、そのままひらりと背を向けて職員室へと向かっていった。
 ぼうっとその背中を見たわたしは、断りそびれたことに遅れて気がついた。
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