図書恋ーー返却期限なしの恋ーー
 免許なんて司書資格と、大学の時のアルバイト時代に会社から取るよう言われた食品衛生責任者という、一日講習を受ければ取れるものだけだ。
 なもので、車の良さとか車種の甲乙なんてわからない。わからないけれど、シートに汚れや傷のない車はよく手入れされてることが窺えて、座り心地も悪くはなかった。
 すぐ隣の男がニヤニヤ笑い続けることを除けば。

「なんですか?」
 二つ目の信号待ちのとき、ついに耐えきれず小林を横目で睨んだ。長い指先でハンドルを弄ぶように触れていた小林は、楽し気にククッと笑った。

「警戒心まるだし」

 ハンドルを持ってない方の手はわたしが座る側にある。その手がすっとこちらに伸びてきて――わたしはおもいきりのけ反った。その反応を見てまた小林が低く笑う。

「実家で飼ってた犬が予防注射に連れてかれる時、今の亜沙子みたいだったよ」
 病院の場所ちゃんと覚えてんだよなぁ、と呑気に続ける。
「キャンキャン吼えて、吼え疲れたらクーンって鳴くの。諦めた目ぇして」
「かわいそうなワンちゃんですね」
 あてこするように言ってやると、意外なほど優しい目つきがこちらに寄こされた。

「すげーかわいかったよ。俺、愛してたもん」

 信号が青に変わる。正面を向き直った小林が車を発進させる。ブォォォ、と音をたてて横から追い抜いていくバイク。テールランプの赤が夜に浮かび上がって光る。

 暗くてよかった。赤くなった顔がミラーに映っていたら、飛び降りたくなっただろう。

 自分が言われたわけでもないのに、ばかみたいだわたし。
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