リリー・ソング
いつもなら奥の仕事部屋である防音室に籠って仕事をしているはずだけど、休憩していたみたいだ。湯気のたったマグカップを片手に持っていた。
「煮詰まってるの?」
「うーん…」
マグカップにスプーンが入っているのを見て、私は尋ねた。コーヒーの匂いがするけどコーヒーメーカーのポットは空だから、インスタントコーヒーだ。深夜は普段コーヒーはブラックで飲むけど、アイデアが欲しかったりすると、糖分を摂取するためにお砂糖を入れる。
「ちょっと歌ってくれる?」
「なあに、私の?」
「いや、違うけど。」
「じゃあ私が歌うとまずいんじゃないの?」
「うーん…」
「あ、でも榎木さんがすぐ来るって言ってたからどっちにしろ後でね。」
「あ、そう?」
深夜は憂鬱そうなため息をついた。榎木さんに会うのが面倒くさいんじゃなくて、今取りかかっている仕事のほうが気乗りしないんだ。
「失礼します。」
榎木さんが玄関から入ってきた。
「榎木さん、お疲れ様。」
「お茶飲む?」
私たちが揃って顔を向けると榎木さんが一瞬だけ目を見張って、苦笑した。
何?
と私が聞く前に、深夜がため息混じりに言った。
「榎木さん、例の曲だけど、僕はやっぱりできない気がする。」
「あちらのご指名なんですよ。できないとか簡単に言わないで下さい。プロなんですから。」
榎木さんがぴしゃりと返した。榎木さんは深夜に対しては時々スパルタだ。私にはこんな物言いをしたことない。