ばくだん凛ちゃん
さて、遅くなったけど入院患者の回診に行くか。

それが終われば今日の業務は終了。

食堂から出ると何と目の前に透が。

透も立ち止まって振り返る。

我が弟ながら、白衣を着ての立ち姿はじっと見つめてしまう。

似合っているんだな。
雰囲気といい、品格も。
医師になるために生まれてきたのかと思うくらい。

「透、ちょっといい?」

透は頷いた。

「チラッと聞いたんだけど凛ちゃんの1ヶ月健診、透がしないの?」

「…誰に聞いたの?」

あ、不機嫌モードのスイッチが入ったな。

「色んな人から」

僕はため息をつく。

「…僕からしたら本当に羨ましい。
自分の子供の母子手帳の1ヶ月健診のページに自分の名前が入るんだよ?」

子供がいない僕には絶対に出来ない事だから。

「兄さんには悪いけど、僕にとってそれは苦痛でしかないんだ」

「…苦痛?」

何、言ってんだよ。

「今まで経験してきたプレッシャーからすれば、どうって事、ないだろ?」

「…自分の子供だから。
変に感情移入してしまう」

呆れた。

「他人にとやかく言われたから、意識したのか?」

透の表情が曇る。
図星か。

「自分の子供をちゃんと診られないなら、他人の子供なんて尚更診る事なんて出来ない。
…何もこれから中学卒業までずっと凛ちゃんを診ろとは言っていない。
出産後のチェックはお前がしたんだ。
1ヶ月健診もお前がすべきだよ」

僕は表情を緩めて透の肩を叩いた。

「自分の子供の健診が出来るなんて、本当にごく限られた人間にしか出来ないよ。
お前にはそれが出来るんだ、そんな幸せなことはない。
しかも健診の予約までお前指名で入っている。
凛ちゃんは自分にとって大切な患者でもあり、唯一のお前の子供なんだよ。
その意味をしっかりとその胸に刻んで、医業に邁進すべきだ」

肩に置いた手を握り拳に変えると僕は透の胸に軽く当てた。

「頑張れ、お父さん」

僕は微笑んだ。

本当に幸せな事なんだよ、透。
それをわかって欲しい。
くだらない、周りの戯言なんて放置すればよい。

「あ、そうだ!」

思い出した、透に言わなければならない事。

「最近、ちゃんとハルちゃんと話してる?」

唐突に話を変えたから透は目を丸くして僕を見つめる。

「どうして?」

さっきまで尖りまくった声をしていたがいつもの穏やかな透の声に戻った。

「何となく。
どうもお前たちは本音で話してないな、と思って。
本当に感情が爆発する前に少しずつ、自分の素顔を見せたほうがいいよ。
…お前たちより少しだけ先に生きてる僕からのアドバイス」

そう言って僕はその場を後にした。
< 25 / 140 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop