ばくだん凛ちゃん
「こんばんは」

明快な声の持ち主であるその男性はそう発した。

「こんばんは…」

語尾が小さくなる私。

「お昼に見た感じでは特に異常もなかったのでこの発熱は肺炎球菌の副反応と思われます」

…お昼?

「あのぉ…」

どなたでしょうか?と聞こうと思ったら、

「申し遅れました。
今日、凛ちゃんの予防接種をした若林小児科の若林です」

えー!なぜ?

「一体、どういう事でしょうか?」

ちんぷんかんぷん。
何、まさかこんなに遅い時間に小児科医は集まったりするの?

「…高石先生、ひょっとして何も仰ってないですか?」

若林先生は驚きの声を上げた。

「はい。
凛のかかりつけ医も私が探すように言われたのでウェブで調べて先生の所にお伺いしました」

若林先生は大学病院から紺野総合や市立病院に勤めていたという経歴を見て、まあ透と一緒に仕事をした事がないにしても、紺野総合にいらっしゃった事があるという事が決め手になった。

「そうですか、夕方に高石先生にお電話した時も違和感があったので」

ああ、透。
知ってたんだ、全部。

「ところで失礼な質問をするかもしれませんが」

私が聞くかどうか迷いながら言うと、若林先生はどうぞ、と言われた。

「どうして若林先生と黒谷先生が一緒にいるのですか?」

「あれ?てっきり高石先生や雪から聞いていると思っていたのですが」

雪…って?

「私と黒谷、もう10年以上付き合っていまして。
黒谷が大学を卒業してからは一緒に暮らしています。
ようやく今年、結婚する事になりました」

「えー!
黒谷先生のお相手は若林先生だったのですか!」

黒谷先生からはもうすぐ結婚するとは聞いていたけれど、相手が誰かまでは聞いていなかった。

透なんて当然、私になんて言わない。

「おめでとうございます」

この二人なら、お似合いね。

「ありがとうございます」

笑みを含んだ返事が返ってきた。

「ところで凛ちゃん、今の段階ではこのまま朝方には熱が下がってくるかな、と思います。
出来るだけ水分を与えてあげてください。
もし、お手上げの時はいつでも結構です。
私にでもご連絡頂ければお役に立てる事もあると思いますので後で雪から私の電話番号を送るようにして貰いますね」

本当に親切な先生だわ。
でも…

「ご迷惑ではありませんか?」

と言うと、若林先生はクスクス笑った。

「案外、医師の家族は我慢するように言われて気がつけば入院する羽目になったとか聞きます。
さすがにそれはダメだろうと思いますし。
高石先生には色々とお世話になっているのでせめてものお返しなので気にしないでください」



電話を切ってからすぐに黒谷先生から若林先生の電話番号が知らされた。

夜中2時なのに。
二人と話をして気が楽になった。

そして気がつけば凛の呼吸も穏やかになっていた。
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