結婚ラプソディ
「では次に参りましょう」

俺は箱をハルさんに差し出した。

ハルさんは1枚用紙を引いて俺に渡す。



…速人以外でお願いします。



「おお…」

また呟いてしまった。

「…」

透が何やら言いたげにしている。

「透のお兄さんからの質問」

透のお兄さんがいる辺りの人達がクスクス笑っている。

「お二人に質問です。
あの時、空港で何故そのまま別れたのですか?
お互いに好きなら連絡くらい取れば良かったのに、と思うのですが。
僕としては駆け落ちをしてでも自分達の恋愛を貫いて欲しかったです」

紺野総合の医師達から笑いが起こる。

「はい、透からどうぞ」

俺がそう言うと透はハイチェアから立ち上がって

「兄さん!」

と自分の兄を指差す。

お兄さんもニコニコしながら立ち上がって

「何だい、透?」

大人の余裕が見られる。

「駆け落ちなんて推奨しないで」

また笑いが起こった。

「何言ってるんだよ!
お前が遠くの大学に行くなら、ハルちゃんも連れて行けば良かったんだ!
親の援助を全て断って大学生活を送ってたくらいなんだから」

とお兄さんが言うと透は首を横に振って

「読みが甘い!」

おお、透が少しだけスイッチ入ったな。

「ハルが一人なら僕は強引にでも連れて行ったかもしれない。
けど、あの時はお母さんもいたし、小さいなっちゃんもいた。
どうやって連れていけるんだよ?」

「それなら丸ごと、全員連れて行けば良かったじゃないか」

お兄さん、中々強引。

「出来る訳ないだろう?
あの時の僕は不安定だし、僕一人で生活は精一杯だったよ」

「わかった、透。
そこまでの甲斐性がなかった、という事だな」

お兄さん…透、怒ってますよ。

そろそろ止めるか。

「ハルさんはどうだったんですか?」

話を奥さんに振る。

「私は…」

隣で少しだけ怒っている透をチラッと見て

「透がお医者様になるまでは透に会わないって決めていましたから」

…大人の回答。

「好きだったのに?」

俺の問いにハルさんは首を横に振る。

「好きだからこそ、です。
透が志した道を私という存在が邪魔したら駄目ですよ。
…本当はもう二度と会えないと思っていましたが」

ああ…何だか切ない。
俺が一瞬、視線を下に向けるとハルさんの声が聞こえた。

「それでも透がこの世のどこかで生きていて、医師になって沢山の人を助ける一筋の光になれば…。
それだけで私は良かったんです。
そんな凄い人と一時でも一緒に過ごせたという事が私の人生を支えてくれる力になりますよ」



どうしよう、俺が泣きそうになる。
そんな風に想ってくれる人なんて中々いない。



「なるほどね。
だからこの方が透先輩の奥様になれた訳だ」

ナイスタイミング!
速人が言う。
たまにはいい事、言うじゃないか!
< 67 / 90 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop