大人の初恋
 静かに言って、彼はまた墓石に向き直った。

 何かを語りかけているような彼の背中。

 穏やかな静寂。

 沈黙が不思議に心地よい。

 
 半時ほどがたっただろうか。

「…行こうか」

 何かを納得したような、穏やかな顔で振り返った。
 
 暖かい光の差し始めた小路を、私達はゆるゆると戻り始める。
 併設の植物公園を抜ける途中、彼がふと立ち止まり、私を振り返った。


「君のお陰だ」
 あわせて立ち止まった私に、彼は柔らかに微笑んだ。

「僕の話を聞いてくれて…
 楽しかった時を思い出すことができた。きちんとあのコに向き会って、語れるようになった。」

「そ、そんな。私は別に……」

 そんなに真っ直ぐ見つめられると照れてしまう。

 まあでも。
 彼が久しぶりにここ来れたということは、気持ちに折り合いがつけられたってことかもしれない。

 成瀬さん。
 あなた、立ち直るのに6年もかかるほど、奥さんが大好きだったんですよ。

 もしも私が助けになれたなら、それは本当に良かった。
 嬉し涙しかけた時だ。


 急に彼が頬を赤くして俯いた。

「成瀬……さん?」
「あ~、その」

 何やら珍しく狼狽えている。
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