食わずぎらいがなおったら。
しばらくそこで夏の夜の湿気に囲まれていた。落ち着くまで、ここにいよう。田代さん先に帰ってくれないかな。



非常口のドアが開き、平内が顔を出した。

なんなのこいつ。なんでここにいるってわかったの。

こんなところ見られたくないのに。




あっち行ってよ、と伝わるように目を逸らしたのに、気にせず近づいてくる。

「泣いてるかと思って」

「泣いてないよ」

「泣いてる」

薄暗い外階段で、よく見ようとしたのか間近で顔を覗き込む。

うるさい。こんなの泣いてるうちに入らない。ちょっと涙がにじんだだけ。



「仕事終われる?」

ただ予定を聞くみたいに言われて、つい、うん、と頷いた。心配そうだったら、意地もはれるのに。

「このまま帰ろ。送ってくよ」

平内に頼るのは嫌だったけど、田代さんに会わなくて済むのが助かるのも確かだった。



机を片付けてバッグを持ってきてもらうよう頼み、階段で裏口に周りそのまま待っていた。

甘ったるいカフェオレの缶は、結局開けずに持ったまま。



さすがに涙は引っ込んだ。







1人でいたかったけど、本当に1人だったらどうにもならなそうな道を、平内が話しかけてこないのをいいことに、黙ったままで歩いた。



どこから聞いていたのか。私が何にダメージを受けてるのかわかっているのか。

全然わかんないけど。

なんにも聞いてこない。聞かれたくないことはわかってるんだろう。



敵わないなぁ、と思った。





帰りの電車は混んでいて、平内がドアの前で私をかばうように立ってくれた。黙ってても、優しい。

いつもみたいに軽口叩いてこないと、別の人みたいで。当たり前に普通にかっこいい男で。

認めたくないけど、見下ろしてる気配にドキドキする。



こんな時なのに。

何考えてるの、私。



ずっと下を向いて、ばれないように気をつけた。





私の駅で降りて、そのまま一緒に歩いていく。

私の様子を伺うでもなく、携帯をいじるでもなく、相変わらず黙ったまま、ずっと静かに横を歩く。

手をつなぎたくなって、やばい、心が弱りすぎておかしくなっている、と我に返って手を引っ込めた。




マンションの前まで来て立ち止まって、こっちを見たから何か言うのかと思ったら。

「また明日ね」

頭をふわっと撫でて、かがみながら耳元で言ってから、片手を上げて去って行く。




何考えてるのか、ほんとにわかんない。
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