巫部凛のパラドックス(旧作)
「ねえねえ、もう一つの世界なんてどんなところなんだろうね」
 隣では麻衣が目を輝かせているが、そんなもん俺が知るか。もう一つ世界だ何だってのはくだらない都市伝説にもならないぞ。だがしかし、ここで否定しようものなら、なんとなくこの先もずっとストーキングされるような気がする。ここは、適当に協力するフリでもしていればいいかな。どうせすぐに飽きるだろうし、やれやれ付き合ってやるか。
 捜索開始後二時間が経過したが収穫は一切なしだ。まあ、そうだろうな。俺自身何を探しているのかまったく見当がつかないのだから。廃棄された机の中や茂みの中、色々な所を一応覗いてみるが、至極普通で、そこに何かがあるという訳ではなかった。
「うーん。ないわねー」
「なあ、今日はもうこの位にしとかないか?」
 巫部は捜索開始時と同じように地面にはいつくばり、石をどけてみたり、側溝の蓋を開けているが、太陽が傾き始め、空が朱色に染まりかかってきた。このままの勢いじゃ夜まで探すなんてことになりかねないからな。
 俺が発した言葉を完全にスルーしていた巫部だが、不意に立ちあがると、
「そうね。今日はこの位にしておきましょう。あっさり見つかっちゃったらなんの面白みもないものね。続きは明日でいいわよ。解散!」
 そう言うと、巫部は踵を返し校舎へと向かって歩き出した。
「何なんだよあいつは」
 溜息しか出ない俺に対し、何の疲弊もしていないような麻衣はいつもと変らない口調で微笑みかけた。
「見つからないものはしょうがないよ。ねえ、私たちも帰ろっか」
「なんで麻衣はそんなに状況を受け入れてるんだ? せっかく高校生になったってのに、あんな訳のわからん女に協力する事になっちまって。これからが思いやられるぜ」
「そう? 私は結構楽しいけどな。放課後にもう一つの世界を探すなんて、なんかロマンチックじゃない? きっと見つかったら楽しいことがあるよ」
 あっけらかんと言い切るが、何故そこまでポジティブシンキングなんだ? 俺には到底理解できないね。
 それからは毎日のように放課後は形はおろか存在するかもわからないものを探すという活動だ。ったく、何の部活動だよ。だが、文句を言おうものならその十倍以上の勢いで逆ギレされる。何なんだよもう。
 だが、こんあ俺でも唯一の救いは天笠さんとのメールのやり取りだ。連絡先の交換をして以来ずっとメールのやり取りをしている。内容は、まあ、たわいもないもんで、そこから一歩踏み出すなんて勇気は、今の俺は持ち合わせていない。たわいもない会話で十分なのさ。今では、広大な砂漠にあるオアシスのように俺も荒んだ心を癒す唯一のコミュニケーションとなっていた。


 そんなこんなで、ある放課後、相変わらず傍若無人女、巫部に口撃されているのだが、今日は巫部の嫌味攻撃は通じない。俺は仏の心を持ったのだからな。いいさいいさ、言いたいのであれば言わせておけばいい。なんたって、俺の鞄の中には、春の到来の先にある春爛漫を予感させる「ブツ」が入っているのだからな。

 事の始まりは、本日の朝に遡る。
 
 麻衣と田園風景の中をなんとなく通学し、今日も巫部につきあわなくてはならないのかと、辟易としながら自分の靴入れを開けたのだが、その瞬間俺は自分の目を疑った。
 上履きは昨日と同じ位置に置いてあるのだが、その上には、なんともファンシーな封筒が上履きの上に乗っているじゃないか。

 「??」

 疑問に思い、封筒を手にとってみるが、至って普通の封筒だ。表面には、猫を模したような模様があり、いかにも女子が使いそうな封筒だった。しかも裏面には、「天笠美羽」という手書きの丸文字。
「……!」
 言葉を失う俺。そりゃそうだろう。靴入れに入っているファンシーな封筒。しかもあの天笠さんの名前が書いてあれば、こりゃあ。誰だってついに春が来たと思うだろ?
 即行でトイレに篭り恐る恐る開封しようとするが、若干の動揺に手が震えがちだぜ。
 可愛らしい肉球マークのシールを剥がすと、これまたいかにも女子が使いそうな可愛らしいピンクの便箋が姿を現した。
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