恋は理屈じゃない
「えっ? 私はこれからスイートルームにこれを届けに行くんですけど……」
手にしているバラのアレンジメントを小さく掲げる。
「俺はこれから、そのスイートルームの抜き打ち検査だ」
「抜き打ち検査?」
意味がわからず首を傾げながら、速水副社長の言葉を繰り返した。
「夫婦の記念日に粗相があったら申し訳ないだろ。だから細かいチェックを入れに行く」
「へえ、そうなんですか」
副社長である彼が、そんなことまでするなんて……。
仕事に対する速水副社長の誠実な態度に感心していると、スイートルームがある最上階にエレベーターが到着した。
ほかのフロアとは違い、靴の踵が沈み込む毛足の長いカーペットが敷き詰められた廊下を進む。そしてスイートルームの前までくると、速水副社長が重厚感のあるドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
お腹の辺りに手のひらをあてながら頭を軽く下げる速水副社長は、まるで執事のよう。
お礼を言うと、スイートルームに足を踏み入れた。
大きなダイニングテーブルでルームサービスに舌つづみを打ち、その後はリビングルームに移動してゆったりとしたソファで食後のひと時を過ごす。眠くなったら隣の寝室に行き、身体の沈み込むクイーンサイズのベッドでいい夢を見る。