恋は理屈じゃない
「話の途中で申し訳ありませんが、そろそろ挙式が始まるので、これで失礼させていただきます」
速水副社長が口にした言葉は丁寧だったけれど、その声は普段よりも低くて抑揚が無い。
「行くぞ」
「あ、はい」
速水副社長は圭太の返事を聞かずに私の手首を掴むと、足を進めた。
お姉ちゃんと笠原さんの挙式まで、まだ三十分ある。それなのに『そろそろ挙式が始まる』と言って嘘をついたのは、圭太との会話を切り上げたいと思っていた私の気持ちを察してくれたからだよね。
助け船を出してくれた速水副社長に感謝しつつ、彼と共にロビーを横切った。
関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアを開けて中に入ると、更衣室の前を足早に通り過ぎる。
いったい、どこまで行くんだろう……。
速水副社長がなにを考えているのか私にはわからない。けれど、不安や恐怖などは一切感じなかった。むしろ、掴まれた手首から伝わってくる速水副社長の温もりがうれしかった。
手を引かれながら、速水副社長の斜め後ろ黙ってついて行く。すると通路を曲がり、突きあたりの非常扉を開けると中に入った。
「あのペラペラしゃべる男が元カレか?」
パタンと非常扉が閉まると同時に、速水副社長が私に尋ねる。
好きな人の前で元カレの話なんかしたくない。でも速水副社長に嘘をつくのは、もっと嫌だ。
「……はい」
圭太が元カレだと渋々と認めると、速水副社長の口から大きなため息が出た。