恋は理屈じゃない
「アイツ、鞠花ちゃんをフッたんじゃなかったのか?」
「そうです。彼の方から別れてくれって言われました」
脳裏によみがえるのは、コーヒーショップで圭太と交わした別れ話。忌々しい思い出に、唇を強く結ぶ。
「それなのに何故、平然としたまま鞠花ちゃんに話しかけることができる?」
「そんなこと私に聞かれてもわかりません」
速水副社長は掴んだままだった私の手首を離すと、身体の前で腕を組んだ。
「しかも鞠花ちゃんと付き合っていたのに、蘭に憧れていただと? ふざけやがって……」
もしかして、怒っているの?
不機嫌そうに眉をつり上げる速水副社長の表情は、近寄りがたくて少し怖い。
「お酒臭かったから、酔っていたのかもしれないですね」
久しぶりに速水副社長とふたりきりになれたというのに、彼の口から出てくるのは圭太のことばかり。
もう圭太の話題は、これで終わりにしてほしい……。
そう思う私とは裏腹に、速水副社長はさらに圭太の話を続けた。
「アイツを庇うのか?」
普段は頼りがいがあって冷静なのに、今の速水副社長はちょっと変だ。
「庇ったつもりはないですけど」
「ほら、庇っているじゃないか」
「庇っていませんからっ」
私のあげた声が、辺りに響き渡る。思いのほか大きい声を出してしまったことに気づき、慌てて口に手をあてた。
なんで、こんな風になっちゃったの?
口ゲンカのようになってしまったことが悲しくて、下を向く。そして込み上げてきた涙がこぼれ落ちないようにグッと堪えた。