欲情プール
「大丈夫。地盤は充分に整えた」


その人は私に…
懐かしくて優しい眼差し向けて、今日までの事を説き明かす。



「本来、政略婚で手に入れる筈だったものは…
だいぶ時間は掛かったけど、自力で全て手に入れたし。

社長就任の時には、やっぱり常務一派に裏切られたけど…
株主達には好条件の契約を打ち出して、なんとか抑えて。

その契約を果たす為と、裏切りのダメージを埋める為。
更には婚約破棄を認めてもらう為に、親父から出された条件を全うするのに3年もかかったけど…

人間死ぬ思いを味わえば、何でも果たせるんだなって!」


「死ぬ思い…?
っ、そんな思いを、したんですか?」

心配になって、咄嗟に尋ねると。



「…したよ。


今、目の前にいる…
心から愛してる女を、傷付けて、離れて。

苦しくてっ、死んでしまいそうだった…!」


耳にした途端。

思わず「うっ…」と嗚咽が零れて、口を覆った。


ずっと封じ込めてた涙は、次々と激情に押し出されて…



すると。

お揃いの時計を付けたその人、慧剛の手が…
私のそれをキュッと掴んで。


その熱が、心にドクン!と命を灯す。

< 183 / 289 >

この作品をシェア

pagetop