スノー アンド アプリコット
昔話

「おっそーい。」

バー"レファム"に入ると、ちらりと杏奈が振り返ってそう言った。

「遅いじゃねえんだよてめえこっちは忙しいんだよバカヤロウ、ベロベロじゃねーか何やってんだよ!!」

俺は鬱憤をぶつけまくるが、杏奈はどこ吹く風で、騒いだのは誠子ママとキララだけだった。

「王子のお迎えだわー!」
「ユキくーん、待ってたー!」

野太い嬌声を浴びせられた。

「一杯飲んでくう?」
「いや、俺は。…帰るぞ、アン。」

俺はカウンターに突っ伏している杏奈の腕を掴むが、杏奈はそれを鬱陶しそうに振り払いやがった。
頭に来て即座に怒鳴りつける。

「お前がっ、呼びつけたんじゃねーのかよ!」
「飲んでいきなさいよ、お高くとまってないでー! 医大生が、そんっなに! 偉いんか!」
「絡むな酔っぱらい!!」
「あんたなんかっ…あんたなんかあああっ…」
「まあまあまあ…」

グラスを拭いていたママが、柔らかく俺達をたしなめた。

「今日は優しくしてあげて、ユキくん。アンナちゃん、振られちゃったみたいだから…」
「振られたって。婚約者に?」
「そうなのよー、もうすごい荒れっぷりで…」
「振られたんじゃないわよ! あたしが!! 振ったの!! あんな奴もう顔も見たくない。調子に乗りやがって…」

言い終わるや否や、杏奈はバタンとまたテーブルに頭をぶつけた。

「くっそお前、俺はおぶって帰ったりしねえぞ!」

俺はそう吐き捨てて、出がけに引っ掛けてきたジャケットを杏奈の肩に被せ、その隣の椅子に腰かけた。

「発言と行動が噛み合ってじゃないの。」

誠子ママにおかしそうに笑われた。

「一杯だけ。ビール。」
「相変わらず甘いわねえ。」
「一昨日、大丈夫だったの? アタシもママもそりゃあ心配してたのよ。」
「大丈夫も何も…」

俺はため息をつく。
遂に抱いた。あんな形で。
ああするしかなかった。後悔などしないという固い気持ちと、苦々しい思いが入り混じる。
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