スノー アンド アプリコット

「なあ、俺じゃ駄目なのは、俺があの家の息子だからか? 確かに親父もお袋もお前の親のことを良くは思ってないよ、お前と結婚したいって言ったら反対されるよ。だったら俺があの家を出たらお前は納得してくれんの? 親を切ったら俺だってただの普通の男だよ、医者になったら手に職だからどこでも食っていける、普通の医者だよ、それならいいか? それなら俺と一緒にいてくれる?」

そんなことを一気に言ったユキの、震える声を聞いて。
あたしは膝から崩れ落ちた。
ユキはそれでもあたしを離さないから、二人で床にひとかたまりになった。

「…そんなこと、あたしは頼んでない…!」
「わかってるよ。俺がお前に聞いてるんだよ、どうしたら俺のものになってくれるのかって。なあ、教えてくれよ。」
「そんな…そんなことしたって、あんたに何の得が…」
「俺が欲しいのはお前だけだよ。」
「そんなこと…」

そんなこと、して欲しいわけじゃない。

「俺にはそんなことできないって思ってる? だけどお前も親を捨てたんだろ。同じことを俺がしたっておかしくないだろ。」
「おかしいわよ。何言ってんの?」

捨てる親じゃないでしょう。
あんたを愛して、きちんと育てた親でしょう。

「迷惑なのよ。あたしの為にこれだけの犠牲を払ったって言われても、あたしには返せるものなんか…」
「何もいらないよ。俺を愛してくれるだけでいいよ。」

こんな会話をしているのに、ユキは暗闇でふっと笑った。

「難しいだろ。一生かけてそれだけ頑張ってくれよ。」

…馬鹿じゃないの?
違うわよ。そうじゃない。

「そんなこと、言って…だから、ガキだっていうのよ。」
「なんでもいいんだ。俺は下僕なんだろ。言う通りにするよ。お前が好きだ。」

そんな。
他の男と同じようなこと、言わないで。

「馬鹿じゃないの…?」
「馬鹿だよなぁ。」

ユキがまた笑った。

あんたとあたしは、違うのよ。
幸せになってよ。
頼むから。

あたしはユキの頭を胸に抱きしめた。

涙が溢れて、ユキの黒い髪を濡らした。



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