スノー アンド アプリコット
絶対手に入れると長い間決めていたとはいえ、現実になると、この嘘みたいな幸福感を噛みしめざるをえない。
傍に居たいけれど手を出せないから、煩悩との戦いでほとんど眠れない、そんな日々は終わった。
「なあ、この体勢エロい。俺やばい。」
「バッカじゃないの?」
杏奈が愉快そうに笑った。
杏奈が口にする馬鹿という言葉には、今では愛情が滲んでいる、と俺は思う。
「好きだよ、アン。」
俺は何度でも言う。杏奈はいつもくすぐったそうに笑う。
ーー親を捨てるなんて二度と言ったら許さない、と杏奈は言った。
俺たちはまだこのボロアパートの隣同士で暮らしているし、生活は何も変わっていない。
俺が親と決着をつけるのは、まだ先の話だろう。医者になってからだ。
別に病院を継げなくたって構わないというのは本心だ。だけど医者にはなる。それも有能な医者に。杏奈と生きていく男になるには、それは不可欠だ。
だからもう少し待ってくれ。
「好きだよ…」
柔らかい身体がたまらない。
服の下から手を潜り込ませて背中を撫でると、杏奈は秘めやかな息を吐いた。
首すじに鼻先を埋めると、蜂蜜みたいな甘い香りがした。杏奈の匂いだ。俺は胸いっぱいにそれを吸い込んだ。
「なあ…俺を好き? アン。」
それでも、俺はまだ不安だ。
杏奈は一度も俺を好きだと言わない。
俺は何度でも言う。杏奈は何も言わない。
どれだけ、こうして杏奈が甘い声をあげ、キスに応え愛撫を甘受し、欲情で乱れても、俺の不安は拭えない。
「なあ…アン。」
たっぷりとキスを味わって、そっと囁く。
「俺を好きだろ?」
「...ユキ、...」
「アン。言って。」
「も…早く、ユキっ…」
ねだられれば俺はひとたまりもなくて。
今日も杏奈の口からそれは聞けない。