スノー アンド アプリコット
踏み切りが見えた。
路面電車のショボい駅は、踏み切りの手前から両方面へのプラットフォームを見渡せる。
踏み切りが鳴り出す。人はほとんどいない。
杏奈は?
薄暗がりでよく見えない。何より走り過ぎて目の前がチカチカする。
その姿より先に、見覚えのあるオレンジ色のスーツケースが目に入った。向こう側だ。
俺は反射的にバーが降り始めた踏み切りを走り抜いた。
その背を電車が通り、駅に滑り込む。始発だ。
くそ!
俺は切符も買わずに駅に駆け込んだ。
「ちょっと、お客さん…!」
駅員が慌てて声をかけてくるが、構ってはいられない。プラットフォームに駆け上がった。
発車ベルが鳴る。
ドアに吸い込まれていくスーツケースが見えた。
俺は残りの力を身体の底から絞り出して、弾丸のようにそこまで飛んだ。そして一気に、スーツケースの取っ手を掴む腕ごと、車両から引き抜いた。
間に合った。
全体重の反動を受けて仰向けに倒れた俺の上に、思い切り引っ張られてバランスを崩した杏奈が倒れ込んだ。
スーツケースが転がってひっくり返った。
ドアが閉まった。
電車がゆっくりと流れ出す。
「……いったぁっ……」
やがて、杏奈が顔をしかめてなんとか上体を起こした。
「あんた、何して…」
化粧は綺麗に落として、素顔の目の下にはくっきりと隈ができていた。
だけど、可愛かった。夢の中の頃の杏奈と、全然変わっていなかった。
「お前はっ…」
息が上がり過ぎ、気管は冷え切って、声なんかまとも出るわけがなかった。
立ち上がる力も残っていない。座り込んだ体勢のまま、俺は杏奈の首根っこを両手で掴んだ。
力の限り、声を振り絞った。
「お前はあっ…!!」