スノー アンド アプリコット

あたしは適当に相槌を打って、笑いを噛み殺しながらフロアに出た。
黒服に案内される間でもなく、ユキと一井がついている席に向かう。

「…なんだ、お前その顔。」

ユキがあたしを一目見るなりそう言った。

「今日もバッチリ可愛いわよ、失礼ね。」
「そういうことじゃなくて…」
「うん、こういう杏奈ちゃんもいいな。」
「てめえ口説くんじゃねえよ!」

あたしは耐えきれず吹き出した。
ユキがたじろいで眉をひそめる。自分が笑われてるなんて思ってないんだろう。

「わあー、杏奈ちゃんのそんな笑顔初めて見たな!」

一井が和やかに言った。
初めて? そうね、あたしの人生、大笑いするようなことなんかなかったかもしれない。
だけど、今はおかしい。

「ユキ、あんたねえ。」

あたしは座ってユキの顔を下から覗き込んだ。

「あたしのこと、好き過ぎじゃない?」
「ーー……っ!!」

ユキが顔を真っ赤にして絶句した。
なーにが伝説よ、何が王子よ、何がSよ。

可愛いあたしの男、あたしを好きな男、馬鹿な男。
それだけじゃない。

「うわ、二人の世界だ。そんな空気にされても僕は絶対に帰らないよ。僕は客なんだから、お酒作ってよ。」
「帰んなくていいわよ別に。」
「帰れ、てめえは!」

あたしはグラスに氷を入れながら、また爆笑した。
今までにないくらい、爽快な気分だった。

「……良かったね、杏奈ちゃん。」

そんなあたしを一井が親みたいに目を細めて見つめて、微笑んだ。

良かったって、何が? と思うけれど、なんとなくわかった気がするから、あたしは何も言わずに笑った。

そうね、先のことはわからないけど。
あたしは今、幸せだわ。
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