夢を忘れた眠り姫
物書きとしての甘えや妥協を許さない、そのプロフェッショナルな姿勢にとても感銘を受けた。

あそこにいる人達に認められて、そして私の情熱がきちんと「形」になる日が来たりしたら、きっと天にも昇る気持ちなんだろうな、と思う。


「その時代は別に就職難ではなかったのに、母親は就活に失敗して、大卒後、ひとまず雑用係のバイトとしてあの会社に入ったんだ」


私がこっそり隅谷書房への憧れを募らせている間に貴志さんは話を進めた。


「そしてあいつと出会い、恋仲になった」

「……お父さんは当時すでにご結婚されていたんですか?」

「いや、その時点ではまだ独身だった」

「え?だったら…」

「だけど婚約者はいた。そして、そっちと別れて母親を取るという選択はしなかった」


私の言わんとする事が分かったのか、貴志さんは急いで先を続けた。


「婚約者、つまり後の正妻となる人とは色々としがらみがあったらしくて、気軽に別れられるような状況ではなかったらしい。ま、俗にいう政略結婚ってやつだよな」

「せいりゃく…」

「母方の祖父は世間では大手といわれる企業のサラリーマン、祖母は専業主婦で、そこそこ裕福な家庭ではあったと思う。だけど、国内屈指の出版社の御曹子と釣り合いが取れるほどの家柄ではないからな。婚約者から奪い取ることはできなかった」
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