夢を忘れた眠り姫
「関係性は比較的良好だったし、後ろ指指されて小さくなってるなんてこともなかった。ごく普通に平凡に生活できていたんだ。それなのに『日陰の身』だの、『真実の愛を引き裂かれた』だの、悲劇の主人公ぶって自分の境遇に酔いしれている様がありありと窺えて、見ていて心底虫酸が走った」


彼の表情は言葉通り、嫌悪感に満ち溢れていた。


「何しろ気の毒なのは正妻とその息子だ。この件で被害者といえるのは彼らだけだ。母親に、自分の立場を嘆く権利なんてない」


貴志さんだって被害者の一人なのでは…とは思ったものの、とてもそんなことを言い出せる雰囲気ではなかった。


「そして、あの男ももちろん許しがたい。本当に母親のことが好きだったのなら、子供をもうけたいと思ったのだったら、隅谷家を出て、何の後ろ楯もしがらみもないただの男になって、正々堂々と一緒になれば良かったんだ。でも奴はその道は選ばなかった」

「えっと…お父さんが本妻さんと結婚しなければ、多くの方が路頭に迷ってしまったとか…?」

「それはない。隅谷書房は創立から一度も経営不振に陥ったことはない。本妻との結婚は事業拡大の足掛かりに必要だっただけで、たとえそれが破談になってしまったとしても、その計画に着手するのをそのタイミングでは見送るというだけのことだった」

「あ、そうだったんですか」
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