夢を忘れた眠り姫
「いや、でも…」

「それから考えれば、もう約8ヶ月も一緒に同じ部署で仕事をし、ある程度人と成りが分かっている人物との同居はかなりハードルが低い筈ですよ」


彼が反論しようとしてもそれを押さえ込み、私は必死になって捲し立てた。

いや、本当は自分でもよく分かっている。

私のプレゼンは屁理屈以外の何物でもないのだと。

たとえ自分が気にしなかろうが、世の中に異性と暮らす事に抵抗がない人がどれだけいようが、貴志さん本人がそれは嫌だと感じてしまったら何の意味もない事を。

現在の部屋の主である彼に拒絶されたら、私は大人しく引き下がらなければいけないのだという事を。

それでも、千載一遇のチャンスに見舞われた今、悪あがきをしてみたくなったのだ。

奇跡を信じて食い下がってみたいのだ。

だって、ホントに私は今、かなり切羽詰まった状況なのだから。

期日までに、きっともうこんな好条件の物件に巡り会える事などないだろう。

形振り構ってなんかいられない。

また、自分でもすこぶる不思議な事に、本来なら沸き起こって来る筈の、血縁関係や恋人でもない男性と一つ屋根の下で暮らす事についての不安や危機感はまったくもって皆無だった。

『貴志さんなら大丈夫』という、絶大なる自信があったのだ。

しかし、それは『信頼している』という感情とはちょっと違っていて…。
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