夢を忘れた眠り姫
コートを掴み、袖を通した後、荷物を手に取り、そのままヨロヨロとドアへと向かう。


「……どうせすぐに、本性を現すわよ」


しかし部屋を出る直前でふいに立ち止まったかと思うと、暗い声音でポツリと呟いた。


「すぐに分かるわ。真守では到底太刀打ちできそうにない、邪悪でどす黒いこの女の真の姿がね。その時に、私の言っていた事は正しかったって痛感する筈。真守の心はきっと、私の元に戻って来る」


まるで呪詛のようにブツブツと呟きながら母親は再び歩を進め、部屋を出て行った。

廊下を進む足音、玄関でブーツに履き替える物音、そしてドアの開閉音が聞こえたのち、305号室から彼女の気配は消えた。


「……最後まで憎まれ口を叩きやがって」


しばしその場を支配していた静寂を先に破ったのは貴志さんだった。

とても憎々しげな声音だった。

ドアに向けていた視線を彼に移すと、表情も、それに呼応するように怒りに満ち溢れている。


「悪い…」


しかしすぐに心底疲れたような顔付きに変わり、声を絞り出した。


「つくづく、あの女が君に迷惑をかけてしまって…」


そして言葉の途中でフラッと歩き出し、ソファーに近付くと、倒れ込むようにして腰を落とした。


「いえ、そんな。貴志さんが謝る必要は…」


彼の動きを目で追いつつフォローしようとした私はそこでハッとする。


「そんな必要は微塵もないです」
< 255 / 277 >

この作品をシェア

pagetop