夢を忘れた眠り姫
一旦席に着いてしまえば周りからのダイレクトな視線は避けられるのだ。

だからこそ、何やら重大でワケありな話があるらしい貴志さんはこの店を選んだのだろうけど。

ウチの社員が来る可能性は限りなく低いと思うし。

会社から駅へのルート上に全国展開しているコーヒーショップが2軒もあるので、普通はそちらをチョイスするだろう。

会社からもっと離れた場所にすれば更に安心だったのかもしれないけれど、そこにたどり着くまでに時間がかかるしすんなり落ち合えるかどうかも分からないし、そしてわざわざその地を選んだとしても、社内の人間はあちらこちらに居住しているのだから目撃されてしまう可能性はゼロではない。

諸々の事情から、ここが一番密会の場所として妥当だと判断したのだろうと思う。

そうこうするうちにコーヒーが運ばれて来て、ミルクと砂糖を投入後一口飲んだ所で例の『チリンチリン』が店内に控えめに響き渡った。

「いらっしゃいませ」「空いてるお席にどうぞ」という声が再び上がる中、席から身を乗り出し出入口付近を見ると、案の定来店したのは貴志さんだった。

小さく手を振り存在をアピールすると、店内を見渡していた彼はそれに気付き、足早にこちらに向かって来た。


「ごめん。お待たせ」

「いえ。そんなには待ってないですよ」


『何だかこっ恥ずかしいものがあるなこの会話…』とか思っている間に彼はコートを脱いで正面に腰かけた。
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