夢を忘れた眠り姫
「ちゃんと?」


再び貴志さんは嘲笑混じりに冷たく言葉を返した。


「違うだろ。この見合いが無事に成立すれば、自分もその恩恵に与れるからだ。あいつにとってこの上なく利用価値のある人物とのパイプができるんだからな」

「いいじゃない。あの人に親孝行できるまたとないチャンスよ。存分に役に立ってあげなさいよ」

「何で俺がそんな事しなくちゃいけないんだ!」


何とか耐えていたようだったけれど、そこでとうとう貴志さんは声を張り上げた。


「き…まもるさん…」


しかし、思わず発した私の呼び掛けに、彼はハッと我に返ったような表情になる。

次いで周りの視線を集めてしまっている事に気付いたようで、深呼吸し、眼鏡を押し上げ、一拍置いてから話を再開した。


「……とにかく俺はそんな見合い話を受けるつもりはない。最低な父親像を見せられ、金以外で何ら力になってくれなかった男の為に、何で自分の人生を犠牲にして尽くしてやらなくちゃいけないんだ」


そして一気にそう捲し立ててから、貴志さんは勢いよく立ち上がった。


「俺が結婚したいと思うのは彼女だけだ。そして、一応母親であるあんたに筋は通しておこうと思い、こうして紹介した。これで義理は果たしただろう。今後また召集をかけられても、もう話し合いに応じる気はないからそのつもりで」


そして財布から千円札を二枚出し、伝票の上に乗せてから、私に視線を移し、続ける。
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