アイ・ミス・ユー
5 弱点があったっていいじゃない


ある日の昼下がり。
珍しく金子が事務所でおとなしく仕事をしている。


おかげで販促部の仕事はしっかりとガッチリ歯車が噛み合うように、スムーズに進んでいた。


ラーメンをふたりきりで食べに行った私と金子は、あれから別に「また行こう」ということもなく。
適度な距離を保ったまま、2週間が経とうというところだった。


「金子しゅに〜ん!確認お願いしまーすっ」


無駄に声高に、かつテンションも高めに、鼻にかかった乙女ボイスでいそいそと書類を抱えて事務所内を小走りするのは、翡翠ちゃんである。


これといったピンポイントでのアピールは無いものの、ちょこちょこ金子へ女子っぽさを押し出しながら話しかけている。


「田上さん、ありがとう。でもね、これ━━━」


金子は渡された書類にサラッと目を通し、ゆっくりデスクに置き直した。


「昨日も渡された記憶があるんだよね。ほら、ここに俺の承認印」


彼のちょっと骨ばった指が差した先には、金子印のシャチハタ印鑑。
主任承認欄にバッチリ押印されている。


「きゃあっ!やだぁ!私ったら」

「きっと次は酒田部長じゃないかな」

「はいっ。分かりましたぁ」


何故か頬を赤らめて身を引く翡翠ちゃんを呆れ顔で眺めていると、向こうのデスクで親友の樹理も似たような顔をしていた。


「田上さん、語尾は伸ばしちゃダメって言ったでしょ。それにその書類、本来は昨日までに課長に承認印もらわないと。俺言ったよね?」


またしても小走りで元のデスクに戻った翡翠ちゃんに、ダメ出しをするのは彼女の指導係でもある今野くんだ。


彼は彼で新人時代はあまりにも言葉遣いがなっていなかったので、指導していた私も苦労した覚えがあるけれど。
まさか彼が指導係になるなんて、時の流れって本当に恐ろしい。


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