偽りの姫は安らかな眠りを所望する
手際よく割れた茶器をまとめ始めているシーラも、昔のルエラを知っているはずだ。ラウドが話していない事実がまだあるのではないか。

「あの、シーラさん」

「なんですか?」

手を止め顔を上げるシーラの非難めいた表情を目にして、言葉を呑む。ティアが知りたいことは、こんな場所で気安く訊ねられるものではないと思い直した。

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

深々と頭を下げる彼女に、シーラはため息をついてから目元を緩めた。

「いろいろあって疲れたでしょう? ゆっくりお休みなさい」

まるで母や祖母に言われたような柔らかい声色に、ティアはひとりで抱えるには重苦しい胸の内を吐き出して甘えそうになる。

だが今はその優しさを素直に受け取るのが怖い。
シーラはティアとの付き合いよりも、ヘルゼント家に仕えている年月の方が遥かに長い人間である。
それこそこの家の不利になるようなことは、己の矜持にかけて決してしないだろう。

疑心暗鬼に囚われたティアは、就寝の挨拶だけを口にして、その場を立ち去った。



静かに閉めた扉の内側に背を預けて、ズルズルとへたり込む。いまさらながらに足が震えてきたのだ。

嗚咽がまだ廊下にいるシーラに聞こえないよう、両手で口を塞ぎながらしゃくり上げる。
様々な感情が渦巻く胸中は、ずっと抑えきれない悲鳴を上げていた。それが一気に溢れ出す。

残されたただひとりの肉親だと信じ敬愛していた祖母マールは、赤の他人だったという喪失感。

代わりに、身分を越え兄のように慕っていたラルドが、亡き母の弟――実の叔父だと判明するが、その途端、今までの優しさはすべて下心あってのことだとわかってしまったことへの失望。

そして。
両親が愛を貫いたことで、図らずも狂わせてしまった運命の歯車。

子であるティアに責任がないのと同様、フィリスにだってなんの罪もない。
それなのに彼は、産まれ落ちたそのときから、己の意志とは関係なくたくさんのものを背負わされてきたのだと知ってしまった。

ずっと彼は、たったひとりでそれらを抱えていたのだ。

チクリと胸が痛んだのは火傷なのか。赤い薔薇の花びらのようなそれが、疼きながら熱を持つ。

流してもなんの解決にもならない涙が止まらない。

こんな心の状態では眠ることなどできはしないと思ったティアだったが、泣くというのは思いのほか体力と気力を消耗するようだ。
いつの間にか肌触りのよい寝具にくるまり、部屋の中が高く昇った日の光で明るくなるまで眠ってしまっていた。
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