偽りの姫は安らかな眠りを所望する
セオドールは日が傾き始めた窓の外を眺めやる。開け放した窓から、木々の隙間を抜け短い夏の終わりの気配を含んだ風が入ってきていた。

「さあ、そろそろ帰ろう。きっと、みんな心配している……ん?」

なんの前触れもなく、戸が勢いよく音を立てて開かれた。

「あ、やっぱりここでしたか」

長身を屈めて戸をくぐるダグラスが入ってくると、それほど狭くはない空間に圧迫感が生まれる。

「なんだ、もう終わったのか?」

何気なく尋ねたフィリスの口を、ダグラスは大きな手で塞ぐ。もごもごと口を動かしながら抵抗したフィリスが、ダグラスの鳩尾に拳を叩き込んだ。

「おおっと、すみません」

慌てて手を放したが、渾身の一発はまったく利いていなかったらしい。フィリスはふんと不機嫌に鼻を鳴らすと、さっさと出て行ってしまう。
ダグラスはその背に馬を連れてきたことを叫んで伝えると、振り向きざまに「先に帰ってる」とフィリスの後を慌ただしく追った。

「彼の中では、いつまで経ってもフィリスは小さいまんまなのだろうね」

嬉しそうに言うと、セオドールはティアの籠を持ち上げる。そうからかう彼自身も、同じことを思っているのかもしれない。
これではフィリスが、あまりにも気の毒になってしまう。
彼だって、転びそうになった自分を庇ってくれたり、素直に自分の非を認められるくらいには、もう大人なのだから。
ティアの中で、フィリスへの認識が目まぐるしい速さで変化していた。

「あたし、持ちますから」

仮にも怪我をしている彼に荷物を持たせるわけにはいかない。取り返そうとするが、すげなく断られてしまった。

「おかげでほとんど痛まないし、これくらいどうってことないよ。それに馬車に積むまでのほんの少しの距離だ」

すまなそうな顔をするティアは、建物の裏に置いてあった荷馬車まで案内される。せめてこれくらいはと、適当な木に繋がれ草を食んでいた馬を、慣れた手つきで馬車に繋ぐと恥ずかしいほど感心された。

「今日は時間がなくて残念でしたけれど、今度は温室も見せてくださいね」

「今度?」

「はい。今度、です」

期限の不確かな約束に複雑な表情をするセオドールより早く、ティアは荷馬車に乗り込んだ。
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