偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ティアの問いかけに、セオドールは目を見開いてからチラッとフィリスを窺い見る。そしてふわり香ると満開の薔薇のように甘い笑顔になった。

「可愛い姪だと思っていたのが、とんでもなく我が儘な甥だったことには驚いたけれど。――ここへ戻ってきたことを後悔したことは一度もないよ」

後ろの方でほっ、と小さく息をつく気配を感じたティアも頬を緩ませる。

「香草摘みに森に入った時、祖母によく叱られたんです。『採りすぎてはいけない』って」

唐突に変わった話題に、セオドールは微笑みながらも首を傾けた。ティアは彼から離した両手でなにかを掬うような形を作る。

「欲張ってなんでも取ろうとすると、持ちきれなくて手の中からどんどん零れていく。最後には一番大事なものさえも落っことしてしまう。自分が持てる手の大きさをよく知って、本当に必要なものを選ぶように。どんなに珍しい香草を見つけても、時には諦めることも大切だ。そう言われました」

「その割には、ずいぶんと摘んできたようだが?」

香草が満載の籠を見やって、腕を組みツンと顎を反らしたフィリスが意地の悪い笑みになる。ティアは慌てて両手を顔の前で振った。

「あれはみんな必要なんです! ちゃんとひとつ残らず持って帰って使うものですからっ!」

むきになって言い訳すると、セオドールはくつくつと肩を揺らす。口を尖らせたティアが処置は終わり、とばかりにペちんと手を叩いた。

「ごめん、ごめん。……でもその言葉、父にも言ってやりたかったな」

己の身の丈に合った方法で道を探ればよかったのだ、とセオドールの伏せられた瞳が物語る。

「ありがとう」

彼は手当のことを指してなのか、それともティアの言葉に対してだかはわからない礼を言う。
布でグルグル巻きにされた手を、セオドールが鼻に近づけて匂いを嗅いだ。香草独特の深い香りが布越しに伝わってくる。

「これは……」

「オトギリソウ油です。あたし、よく草で切り傷を創るんで持ち歩いていて。それと館に戻ったらラベンダーの軟膏を渡しますね。しばらく塗り続ければ、痕も残らずキレイになりますよ」
自分の手を盥の中で洗うティアの説明に、フィリスの眉が反応した。

「火傷の痕がキレイに治るのか……」

「はい。塗ってから寝ると、香りに鎮静効果もあるのでよく眠れます。……フィリス様にもお持ちしましょうか?」

ティアの頭の中で、彼の肌の保湿と安眠に適した香草の組み合わせが駆け巡る。今使用したオトギリソウも、小傷や火傷に効くほか不眠や心が不安定な時に効果的だ。

「あ、うん。そう、だな……」

歯切れ悪く応え目を泳がせるフィリスを不審に思いながら、ティアは借りた道具を片づけ始めた。
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