偽りの姫は安らかな眠りを所望する
鼻先に温かい風を感じて、ティアはゆるゆると覚醒を始める。完全には開かない瞼の向こうできらきらと反射し煌めいているものへと手を伸ばした。
さらさらと滑らかな手触りは上質の絹糸のようだと、頬に触れるものに近い感触を覚えて不思議に思う。自室の寝台は、これほど寝心地の良いものだっただろうか。
その途端、いままでぼんやりとしていた視界がはっきりと輪郭を露わにする。見開いたティアの瞳が映し出したのは、同じように開かれた目の中心にある紫水晶。
「おはよう」
「お、お、おは、よう……ござ……っ!?」
ティアが撫でていたのはフィリスの髪で、ここは彼の寝台の上。横になったまま向かい合う格好で顔を寄せているのだと気づいて、飛び起きる。ぺたりと座り込んだ足の下は肌触りのよい柔らかな寝具で、昨夜最後の記憶に残る硬く冷たい床ではない。
「どう、し……て?」
呆然と口元に持っていった手が、奇妙な違和感を伝える。一番上まで閉めていたはずの釦がふたつほど外れているのだ。広げられた襟元から覗く素肌を隠すよう、慌てて前をかき合わせた。
恐る恐る窺い見るティアの視線を浴び、フィリスは眉をひそめる。
「見損なうな。寝込みを襲うほど落ちぶれてはいない。床で眠りこけて風邪でもひかれたら面倒だから、寝台に上げたまで」
「……でも、釦は?」
まだ警戒を解かずにいると、フィリスはこほんと小さな咳をして目を泳がせた。
「それは、だな。なにやらうーうー呻いていたから、寝苦しいのかと思って。も、もちろん他意はない」
ごろんと寝返りを打ち反対側を向いていしまう。
そう言われてみれば、コケモモのタレをたっぷりかけた鴨の丸焼きの皿をどんと置かれ、「全部食べなければ、この薔薇の首を切り落とす」と鉢植えを持ったフィリスに脅されている夢を見たような気がする。
実際に食べたわけでもないのに胸焼けを覚えたティアが、背中を丸めて「お手数をおかけしました」と頭を下げた。
昇り始めたばかりの朝日が窓から差し込んでいる。結局開けっ放しだった窓から入る清涼な空気は、寝起きと混乱でぼやけていたティアの思考をしゃんとさせてくれた。
「まだ早い時刻のようです。あたしは朝の仕事がありますので失礼しますが、フィリス様はもう少しおやすみになっていてください」
背を向けたままのフィリスに告げると、ティアはワゴンを曳いて退室する。
確かに冷え切った室内であのまま眠っていたら、体調を崩したのはティアの方だったかもしれない。図らずも寄り添って眠ったおかげで、互いの体温が心地好い眠りを作りだしてくれたのだろう。
さらさらと滑らかな手触りは上質の絹糸のようだと、頬に触れるものに近い感触を覚えて不思議に思う。自室の寝台は、これほど寝心地の良いものだっただろうか。
その途端、いままでぼんやりとしていた視界がはっきりと輪郭を露わにする。見開いたティアの瞳が映し出したのは、同じように開かれた目の中心にある紫水晶。
「おはよう」
「お、お、おは、よう……ござ……っ!?」
ティアが撫でていたのはフィリスの髪で、ここは彼の寝台の上。横になったまま向かい合う格好で顔を寄せているのだと気づいて、飛び起きる。ぺたりと座り込んだ足の下は肌触りのよい柔らかな寝具で、昨夜最後の記憶に残る硬く冷たい床ではない。
「どう、し……て?」
呆然と口元に持っていった手が、奇妙な違和感を伝える。一番上まで閉めていたはずの釦がふたつほど外れているのだ。広げられた襟元から覗く素肌を隠すよう、慌てて前をかき合わせた。
恐る恐る窺い見るティアの視線を浴び、フィリスは眉をひそめる。
「見損なうな。寝込みを襲うほど落ちぶれてはいない。床で眠りこけて風邪でもひかれたら面倒だから、寝台に上げたまで」
「……でも、釦は?」
まだ警戒を解かずにいると、フィリスはこほんと小さな咳をして目を泳がせた。
「それは、だな。なにやらうーうー呻いていたから、寝苦しいのかと思って。も、もちろん他意はない」
ごろんと寝返りを打ち反対側を向いていしまう。
そう言われてみれば、コケモモのタレをたっぷりかけた鴨の丸焼きの皿をどんと置かれ、「全部食べなければ、この薔薇の首を切り落とす」と鉢植えを持ったフィリスに脅されている夢を見たような気がする。
実際に食べたわけでもないのに胸焼けを覚えたティアが、背中を丸めて「お手数をおかけしました」と頭を下げた。
昇り始めたばかりの朝日が窓から差し込んでいる。結局開けっ放しだった窓から入る清涼な空気は、寝起きと混乱でぼやけていたティアの思考をしゃんとさせてくれた。
「まだ早い時刻のようです。あたしは朝の仕事がありますので失礼しますが、フィリス様はもう少しおやすみになっていてください」
背を向けたままのフィリスに告げると、ティアはワゴンを曳いて退室する。
確かに冷え切った室内であのまま眠っていたら、体調を崩したのはティアの方だったかもしれない。図らずも寄り添って眠ったおかげで、互いの体温が心地好い眠りを作りだしてくれたのだろう。