偽りの姫は安らかな眠りを所望する
対処に困り果て腰を浮かしかけたフィリスの手を、足下に跪いたイワンが突然両手で握り締めた。

「ラルドからここで起きたことのすべてを聞きました。お身体の弱い姉上がなぜ、王都から遠く離れて暮らさなければいけなかったのかも。母が……ブランドルの家が姉上たち母子にしたことを、忘れてくれとは言いません。ましてや許して欲しいなど。この罪は、母アイリーンに成り代わり私が一生背負っていくつもりでいます。ですが……」

イワンは押し戴いた手ごと声まで震わせ絞り出す。

「あの人も、夫の愛を自分に向けて欲しかっただけの、ただの女だったということも知っていただきたかったのです」

「ふざけたことをっ!」

イワンを乱暴に払ったフィリスの手が、高く上げられた。イワンは顔を上げ、制裁を甘んじて受けようと瞼を閉じる。だが、その手が彼の頬に振り下ろされることはなかった。
ゆっくりと開かれたイワンの瞳に、葛藤と戦い苦悩を浮かべるフィリスの貌が映る。その表情以上に辛そうにイワンが顔を歪めさせた。

「失礼いたしました。それこそ、私のわがままでした」

俯くイワンの肩がますます小さくなる。その心細げな姿が、自分より身体の大きな彼は、半分とはいえ血の繋がる弟だったのだという自覚を、初めてフィリスに芽生えさせた。

「……親の罪を、子が負う道理はない」

そんなことをしていては、世の中は罪人だらけになってしまう。
十八年分の凝っていた膿がいっぺんに流れ出したような倦怠感がフィリスを襲い、椅子に深くもたれかかった。

「残念ながら、私にロザリー様の記憶は残っていないのですが」

打って変わり、ぽつりぽつりと話し始めたイワンが、小首を傾げたフィリスへと憧憬の目差しを向ける。

「とても美しくお優しい方だったと、誰もが口を揃えて教えてくれました。もちろん、母に隠れてこっそりと」

イタズラがみつかった子どものように肩を竦めた。

「ロザリー様が亡くなられた後、陛下は髪や瞳の色だったり、背格好だったりがロザリー様に似た者たちを意図的に集められたそうです。側室たちの中にロザリー様を見ていらっしゃるのでしょう。そして母も同じ。彼女らに会うたびにロザリー様の幻影に怯え、亡くなる瞬間までそれは続きました」

フィリスにはその程度で、母と自分に与えた彼女の罪を帳消しにしてやるつもりはない。しかし、彼を責めてもしかたがないということも知ってしまった。

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