偽りの姫は安らかな眠りを所望する
黙り込んでしまったフィリスの愁いを帯びた表情は、イワンの庇護欲を刺激したらしい。

「でも、陛下がロザリー様にご寵愛を注いだのもわかる気がします」

眉尻を下げると、もともと垂れ気味の目まで更に下がって情けない顔になる。

「もし姉上が姉上でなかったら、ラルドに決闘を申し込んででも、求婚していたかもしれません」

グッとフィリスの喉に息が詰まり咳き込んだ。吹き出しそうになった口を押さえてラルドが壁と向き合い、くつくつと肩を揺らす。

「姉上! 大丈夫ですか? ああ、長居をしてしまい申し訳ありません。やはり、あとで薬湯をお持ちしましょう。ご心配なら、私が毒味をいたしますから」

背中をさすろうとするイワンの手を断り息を整える。まだ引っかかりの残る喉で弟に頼んだ。

「ではウスベニアオイの茶を。あれは喉にも効くと聞きましたから」

しわがれた声とは真逆のしっとりとした微笑みを添えれば、たちまちイワンの顔が真っ赤に染まる。

「わ、わかりました! すぐ手配しましょう。城に滞在中、なにかご不便があればなんなりと私に。あっ! 式典後の露台での顔見世には出られますか? きっと国民も大喜びをするでしょう。姉上の美しさに見とれてしまうに違いありません。でも、どうかご無理はなさらないでください。大切なお身体になにかあっては、ラルドに怨まれてしまいます」

ここまでを息継ぎなしで言い切ると、今度はようやく笑いを治めたラルドの側に寄って手を取った。

「本当に! 姉上の夫となる人がラルドでよかった。そなたになら、安心して姉を任せられる。私たちは義兄弟となるのだ。どうか今まで以上に、私の力になって欲しい。よろしく頼む」

潤んだ琥珀色の瞳を向けられたラルドは、胡散臭い微笑で「御意に」と応える。いったいこれはなんの茶番だと呆れたフィリスが、大袈裟に咳き込んでみせた。はっと手を離して、イワンが直立する。

「ようやく念願叶い、姉上とこうしてお近くで話すことができて嬉しく思います。母の手前、お見舞いに伺うこともできず、心苦しい日々を送っていたのですから。これからは姉弟として手を取り合い、この国をますます豊かにしていきましょう! それでは私はこれで失礼します。あ、見送りは結構。どうかゆっくりとお身体を休めてください。また後ほど、謁見の間で」

最後まで相槌を打つ余地さえ与えずに、イワンは退室していった。
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