偽りの姫は安らかな眠りを所望する
衛兵は壁に背中を預け、両脚を前に投げ出して眠っている。念のためフィリスが顔の前で手を振ってみたが、しっかりとした寝息が聞こえる以外なんの反応もなかった。
等間隔で灯る蝋燭の灯りが作る暗がりを選んで廊下を進む。幸い、コニーが選んだ外套は侍女たちが羽織るものによく似ているためか、堂々とした態度で歩く方が怪しまれずに進むことができた。
しかしここから先はそう簡単にはいかない。フィリスは、ギルバート王の寝所がある棟の入口付近の茂みに身を潜めて機会を窺っていた。
国王の住まいとあって、さすがに警護兵の数はフィリスの部屋の比ではない。出入口の扉の前だけでも複数の兵士たちが立っていた。
やはりここも正攻法でいった方が得策か。そう考えたフィリスはパサリと帽子を取り、白金の髪を夜風に晒すと背筋を伸ばす。悠然たる足取りで、衛兵たちの前に進み出た。
「お嬢さん、こんな時間になんの用かな?」
フィリスを若い娘だと侮ったひとりの兵士が、馴れ馴れしく声をかけてくる。それにぴくりと眉を動かし、顎を反らした。
「子が父の見舞いに来てはおかしいか?」
「子? 父? ……ああっ!!」
松明が照らすフィリスの顔を訝かしげに覗き込んで兵の一人が慌てて後退りして膝を折る
「こ、これはフィリス殿下。大変失礼いたしましたっ!」
どうやら彼の顔を見知っていたものがいたようだ。次々と周りもそれに倣った。
それならば話は早い、とばかりに建物の中へ入ろうとしたフィリスが呼び止められる。
「大変ご無礼であることは承知なのですが。あの、その……、御身を検めさせていただきませんと」
「わたくしの身体を、調べると?」
不機嫌に問い返すと、彼は更に頭を下げて必死に言い募る。
「も、申し訳ございません。これも決まりでして。直ちに女官を呼んで参りますので、暫しお待ちを。おいっ!」
一番年若そうな者が命に応じ駆け出した途端、目の前を塞がれて止まってしまった。
「なにを夜中に騒いでいる。僕の婚約者がなにか?」
「……ラルド」
つかつかと近寄ってきたラルドは、フィリスの腰を引き寄せ顎に指をかけ顔を上向かせる。
「姫。お父上がいくら心配でも、勝手におひとりで出歩かないでいただけませんか? 今度は、僕が心痛で倒れてしまいますよ」
甘やかな声とは裏腹に冷淡な目で見下ろされ、フィリスは奥歯を噛みしめた。その表情を確認して満足げに口角を吊り上げると、ラルドは衛兵たちに向き合う。
「こんな嫋やかな姫が、父親の見舞いに来るのに武器など持っているわけがないだろう? ほらこの通り」
フィリスの身体に添ってラルドの手が外套の上を滑っていく。びくりとフィリスが肩を震わすと、彼はにやりと笑みを深めた。
等間隔で灯る蝋燭の灯りが作る暗がりを選んで廊下を進む。幸い、コニーが選んだ外套は侍女たちが羽織るものによく似ているためか、堂々とした態度で歩く方が怪しまれずに進むことができた。
しかしここから先はそう簡単にはいかない。フィリスは、ギルバート王の寝所がある棟の入口付近の茂みに身を潜めて機会を窺っていた。
国王の住まいとあって、さすがに警護兵の数はフィリスの部屋の比ではない。出入口の扉の前だけでも複数の兵士たちが立っていた。
やはりここも正攻法でいった方が得策か。そう考えたフィリスはパサリと帽子を取り、白金の髪を夜風に晒すと背筋を伸ばす。悠然たる足取りで、衛兵たちの前に進み出た。
「お嬢さん、こんな時間になんの用かな?」
フィリスを若い娘だと侮ったひとりの兵士が、馴れ馴れしく声をかけてくる。それにぴくりと眉を動かし、顎を反らした。
「子が父の見舞いに来てはおかしいか?」
「子? 父? ……ああっ!!」
松明が照らすフィリスの顔を訝かしげに覗き込んで兵の一人が慌てて後退りして膝を折る
「こ、これはフィリス殿下。大変失礼いたしましたっ!」
どうやら彼の顔を見知っていたものがいたようだ。次々と周りもそれに倣った。
それならば話は早い、とばかりに建物の中へ入ろうとしたフィリスが呼び止められる。
「大変ご無礼であることは承知なのですが。あの、その……、御身を検めさせていただきませんと」
「わたくしの身体を、調べると?」
不機嫌に問い返すと、彼は更に頭を下げて必死に言い募る。
「も、申し訳ございません。これも決まりでして。直ちに女官を呼んで参りますので、暫しお待ちを。おいっ!」
一番年若そうな者が命に応じ駆け出した途端、目の前を塞がれて止まってしまった。
「なにを夜中に騒いでいる。僕の婚約者がなにか?」
「……ラルド」
つかつかと近寄ってきたラルドは、フィリスの腰を引き寄せ顎に指をかけ顔を上向かせる。
「姫。お父上がいくら心配でも、勝手におひとりで出歩かないでいただけませんか? 今度は、僕が心痛で倒れてしまいますよ」
甘やかな声とは裏腹に冷淡な目で見下ろされ、フィリスは奥歯を噛みしめた。その表情を確認して満足げに口角を吊り上げると、ラルドは衛兵たちに向き合う。
「こんな嫋やかな姫が、父親の見舞いに来るのに武器など持っているわけがないだろう? ほらこの通り」
フィリスの身体に添ってラルドの手が外套の上を滑っていく。びくりとフィリスが肩を震わすと、彼はにやりと笑みを深めた。