偽りの姫は安らかな眠りを所望する
コニーが用意してくれた外套は、薄手だが身体全体を覆える暗い色をしたもので好都合だった。姫の格好からいつもの服装に戻ったフィリスはそれをまとう。外套の内側が少々ごちゃついているがしかたがない。

息と足音を殺し廊下へ続く扉を開けようとしたフィリスの、頭に被っていた外套の帽子部分が引っ張られて、まとめてあった髪が露わになる。
辛うじて声を上げるのは耐えたが、振り返った目を大きく見開くことまでは止められなかった。

「気づかないとでもお思いでしたか? フィリス様」

コニーがいつもの朗らかな笑顔を封じて立っている。初めて目にする険しい表情のまま、彼女が皮袋を突き出した。

「これ、あの人――セオドールからお渡しするように頼まれました。きっとフィリス様に必要となるだろうからって」

反射的に受け取り袋の中を覗いたフィリスは、再び口を閉じてコニーに返そうとするが、断固として拒絶されてしまう。

「セオドールにはもう不要なものだそうです。だからフィリス様に持っていて欲しいと」

「……叔父上には、なんでもお見通しということか」

滑らかななめし革の袋を握り締めると、本来の持ち主ではないフィリスの手のひらに中身がしっくりと納まった。

「骨格だけでなく、頭の中身まで似てらっしゃるんですね」

苦笑しながらコニーは、フィリスとセオドールの間にある妙な共通点を指摘する。

「骨格……? 叔父上のこと、知っていたのか」

「そっくりなんですもの。なにかしらの血の繋がりがあるって、そりゃあ採寸の時に気づきますよ」

広げた両手で身体の線を象るように動かす。自分のは服を作る時に採るからだろうが、セオドールのはいつ調べたのか? という疑問は、この際頭の中から消すことにした。

「セオドールに、必ず返すからと伝えてくれ」

「彼は、いらなくなったら捨ててしまって構わないと言っていました。ですが、私はいつか返しに来て欲しいで
す。おふたりで」

最後は涙声になったコニーは、鼻を啜ってからいつもの笑顔を見せてくれる。

「さあ、早くしないと交代の兵が来てしまいます。こちらのことは気になさらず、フィリス様のなさりたいことを遂げてくださいませ」

「すまない。おまえたちには迷惑がかからないようにするつもりだから」

帽子を被せられ背中を押されたフィリスが肩越しに振り返ると、控えの間の扉が細く開いており、そこからカーラが両手を組んで祈っているのが見えた。

時間がないとはわかりながらも、フィリスはふたりに深々と頭を下げる。

「ありがとう」

今の自分が彼女らに返せるものは、それしかなかった。

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