偽りの姫は安らかな眠りを所望する
自分でも知らないうちに膨らんでいた頬を両側から挟まれた。

「それって、もしかして妬いてる? それならあいこだ。オレだって、ずっとティアと一緒にいるダグラスに嫉妬していた」

「そんなの……っ!?」

曲げていた口を開くやいなや、フィルのそれに塞がれる。
驚いて見開いた眼に映るのは、甘く切なげな光を揺らす紫の瞳。同時に鼻腔をくすぐる濃い薔薇の香りを吸い込めば、ゆるゆると身体の力が抜けて瞼までもが下りていく。

同じく閉じかけていた唇を少し強引に割って入ってきた熱が、とげとげしい嫉妬心をまあるく包み込んで昇華する。
優しくも激しいその熱は、あたしの胸の奥に残っていた恥ずかしさや未知への恐れまでをもぐずぐずに溶かして、ふわふわと柔らかく温かいものへと変えていった。

気づけば敷布が背中に当たっている。薄らと開けた瞳が捕らえる薄暗い天井を背にしたフィルの唇の動きは、あの日と同じ。
今夜はそれに音が伴って届いた。

「愛している、ティア」

あたしも同じように口を動かして応える。

「あなたを愛しています」

夜風が運ぶ薔薇の香りの中で、あたしは幸せな悦びを手に入れた。



固く閉じていた瞼に微かな光を感じて、怠さと違和感の残る身体を起こそうとする。だけど、狭い寝台の上で、文字通りフィルの腕にしっかり抱かれていて無理だった。

穏やかな寝息を立てる彼を起こしてしまわないよう、そろりと首だけを巡らして窓を見やると、四角く切り取られた風景の空が、ゆっくりと色を変えていく。
それはまさにウスベニアオイの香茶のようで、いつまでも眺めていたくなるけれど。

もう一度顔を元に戻せば、あの空よりも美しく澄んだ色の瞳は、まだ長い睫毛が縁取る白い瞼の下に隠れている。
だからあたしもあと少し。
新しい一日を始めるのを、この愛おしい腕の中で微睡みながら待たせてもらうことにした。


【マロウブルーに微睡んで】―― 完 ――
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