偽りの姫は安らかな眠りを所望する
ぼうっとしたまま厨房に戻ると、コニーが呆れた声を出す。

「ティア。あなたいったい、外になにしに行ってきたの?」
「あっ……」

せっかく摘んだミントの葉をすべて落としたまま、手ぶらで帰ってきてしまったことに気づく。
手には清涼な香りだけが残されていた。

「ごめんなさい。もう一度ミントを取りに行ってきます」

引き返そうとしたティアをデラが引き留める。その手には、ずいぶんと濃くなってしまった香茶。

「今日はもうおよし。別にミントがなくても十分においしいよ」

コトンとカップを置いた作業台に用意された丸椅子までティアの手を引くと、肩を優しく押して座らせた。
コニーが焼き菓子の載った皿を目の前に差し出す。

「その通り! このお菓子に良く合うわ。口の中がさっぱりして、いくらでも入りそうよ」
「ここへ来て、慣れない環境にそろそろ疲れも出る頃だろう。ささっ、たくさんお食べ。甘いものは元気が出るぞ」

バリーまでもが追加でお菓子を皿に盛ってくれる。
それではフィリス姫の分がなくなってしまうのでは、とティアは心配になってしまった。

「みなさん。ありがとうございます」

パクッとひと口食べた焼き菓子は、ほろりと口の中でほどけて優しい甘さが広がる。
こんな身の上の自分でも、仕事場には恵まれているのだとつくづく感謝した。


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