君に捧ぐ、一枝の桜花
「あはははっ!」

病室に明の笑い声が大きく響く。その片手には黒髪のかつら。椅子に吉野は不機嫌な面持ちで座っている。

「ねえ、見た?あの顔!傑作だったよね」
「くだらん」

副部長のかつらを外したのは吉野だ。外して袂に隠し、ここへ持ってきたのだった。

「そうかな?久しぶりに良い悪戯をしたよ♪」

そして紛れもない明立案の悪戯だった。吉野にさせたのは、吉野が常人には視えない存在だからである。

「ねえ、戦利品どうしようか?」

くるんくるんと戦利品――かつらを指に引っ掛けて回す。

「知らぬ。お前、悪戯が好きなのか?」
「うん!大好き♪最近、やったのはね、医者の背中に『私はマゾです。苛められるのがこの上ない幸せな私です。どうか誰でもいいので苛めて下さい♡』っていう紙を貼ったことかな」

明はにこにこと笑みを浮かべ悪戯の内容もよく分からないが、黒い気がするのは気のせいだろうか。

「ど、どうなったんだ?」
「もちろん、皆から遠巻きにされていたよ。話しかけようとしても逃げられてさ」
「・・・・」
「その医師ね女の人に人気があるんだけど、浮気者なんだ。その悪戯後、全く相手にされていないみたい。だから、つまりちょっとだけ僕が懲らしめただけ」

ちょっとだけ、を強調した明だが、聞き手の吉野からすればそんな可愛いものではない。こんこんとドアを叩く音が聞こえた。

「あ、北野先生」

にっこりと笑いかける明はすばやく吉野にかつらを渡した。部屋に入ってきた北野はベッドの脇に立ち弱弱しく、やあと答えた。看護婦が一人、その隣に立つ。

「天見先生は手術だから、今日は私が診るから」
「そうですか。あれ?先生。出家でもしたの?この前はふさふさだったよね」

まるで初めて見るような素振りで明は北野の頭を見上げた。

「先生は熱心な仏教徒なんだね。僕、キリシタンだけど宗教を乗り越えて尊敬するな♪」

朱に染まった北野に

「あ、ああ。ありがとう」

と明に礼を言うしかなかった。


後日―戦利品は病院の掲示板に『お返しする』という達筆な文字が書かれた紙と一緒にはられていたとか。
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